松原さんは1950年、雫石町で生まれた。代々続く米農家の跡取りで、幼い頃から家業を手伝っていた。中学卒業後は、県立浄法寺農場という全寮制の学校で、2年間農業を学んだ。
「小さい時から農家を継ぐように言われていたんだ。都会とか、ネクタイを締めたサラリーマンに憧れたりもしたけど、農家を継ぐことに抵抗はなかったよ」
3ヘクタール(東京ドームの半分程度)しかない田んぼに、経営の限界を感じたのは18歳の時。当時は所有できる田んぼの面積が決められていてなかなか買い足せず、農地を貸し出してくれる農家もほぼなかった。
そのもどかしさのなかで、新しく始めたのが酪農だった。
「1968年に、ホルスタインの育成牛を2頭買ったんだ。父が俺のために準備してくれてね。 周りで牛を飼っている人たちから少しずつ管理の仕方を教えてもらってなぁ。なかには熱心に北海道まで研修に行く人もいたから、一晩中酒を飲みながら情報を仕入れたり、牛の話ばっかりしていたなぁ」