未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
256

「客こないよ」と言われた店が年間20万人の目的地に 町の景色を変えたジェラート屋「松ぼっくり」の物語

文= 白石果林
写真= 白石果林
未知の細道 No.256 |10 May 2024
この記事をはじめから読む

#3牛の餌づくりから始まるジェラート

松ぼっくりのジェラートは、牛の餌づくりからスタートする。

松原農場では現在、50頭近い牛を飼っていて、重点を置くのは牛の健康管理だ。日本の飼料自給率は25パーセントと低いが、松原農場では飼料のほとんどを自家栽培のとうもろこし(デントコーン)や牧草などで賄う。

餌づくりは、植物の茎や葉まで、すべてを刈り取り細かく粉砕するところから始まる。それをロール状にしてフィルムをかけ、発酵させると、水分や乳酸、食物繊維が多く含まれていて消化にも良く、栄養価が高い飼料「ホールクロップサイレージ」になる。

夏には1日最大2500個が売れるジェラートは、高品質な生乳から生まれているのだ。

「餌がいいと、牛の食いつきも良くなるんだ。牧草のような柔らかい葉だけだと食いつきが悪いし、穀物を与えないとミルクの質や生産性がガクッと落ちる。牛の育て方や餌は農家によってそれぞれだから、ミルクの味ってぜんぜん違うんだよ。俺は、牛も家族だと思ってる。だからなるべく、牛のストレスをなくしたいんだ」

社長の松原久美さん

そう話すのは、今年73歳になる社長の松原久美さんだ。松原さんは、「飼料を自給する理由は、牛の健康管理のほかにもある」と続ける。

「農地を活用して自家飼料を作ることが、雫石の景観づくりにもつながってると思うんだよ。牧草地、田んぼ、畑......地域の風景を作り上げるのも、ひとつの仕事なんだ」

使われずに荒れ果てた農地は、地域の景色としてマイナスになる。それならば農地を活用して飼料を自給すれば、一石二鳥だろうと考えた。

松原さんはいま、ジェラート店のほか、地元農産物を販売する直売所「松の実」も経営する。2013年には店舗脇に、四季を感じられるカラマツの遊歩道をつくった。

「人通りもなく不気味なほど薄暗かった」場所を、20万人が訪れる人気スポットに変えた男の半生は、雫石町への愛であふれていた。

このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。