未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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結城市唯一の小さなブルワリーができるまで 元校長先生が造るクラフトビール

文= 白石果林
写真= 白石果林
未知の細道 No.246 |25 November 2023
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#5わずか7カ月で、6000リットルの壁をクリア

醸造所に設置する樽などの設備は、よくわからないままに業者が勧めるものを購入した。

「今思うと、自分で海外製のものを選べば、費用を5分の1くらいに抑えられたと思う」と話す塚越さんは、損してるにも関わらずどこか楽しそうだ。

「こうして事業を始めて、自分がいかに無知だったか痛感してるんです。税務署がどこにあるのかすらわからず、県税事務所の窓口に行って『ここじゃないです』って言われたくらいですから。社会科の教員だったのに恥ずかしいけど、新しいことを知れるのが楽しいよ」

始めたことを後悔したことはないですか? と尋ねると、「うまいビールが造れなかった時に、もうやめたいと思ったことはあるかな」と返ってきた。

ビール造りを始めた頃は、失敗も多かったそうだ。発酵しすぎてしまったり、乳酸菌が入ってビールが酸っぱくなってしまったり。

「1カ月以上かけて造ったビールを捨てる時って、すごく悲しいんだよ」

醸造所でひとり、ビールを捨てる塚越さんの姿を想像すると、かける言葉が見当たらなかった。

しかし、失敗から時間管理、温度管理、衛生管理を学び、次第にミスは減っていったそうだ。失敗したビールの一部はあえて捨てずに瓶詰めして、保管している。

「いまだに納得いくビールが造れないこともある。だけど、つまずいた時にこのビールを見れば、力が湧いてくる気がするんだよね」

意外にも、不安に感じていた6000リットルの壁は、わずか7カ月でクリアした。ビール造りの合間に、メールマガジンを数十人に送ったり、SNSをコツコツと更新したりしていたことが功を奏した。一気に火がついたのは、テレビ番組『笑ってコラえて』(日本テレビ)で結城市が紹介されてからだ。有名タレントが結城麦酒醸造でビールを飲む姿が放映された翌日から、注文が殺到した。

冷蔵室を埋め尽くしていたビールの山はあっという間になくなり、コロナ禍にも関わらず経営は黒字化。順調な滑り出しだった。

しかし現在、新たな問題に直面している。後継者がいないことだ。現在、結城麦酒の社員は取締役の妻・美和子さんと、教員時代の先輩のみ。「100年続く会社にしたい」という目標を掲げたはいいものの、後継者がいなければ始まらない。

融資元の銀行からはこう言われた。

「利益を上げれば必ず後継者が育ちます。儲からない会社には誰も就職しませんよ」

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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