未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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結城市唯一の小さなブルワリーができるまで 元校長先生が造るクラフトビール

文= 白石果林
写真= 白石果林
未知の細道 No.246 |25 November 2023
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#41200万円を借り入れ、工場設立

2018年、県内のビール工房でビール造り体験をした感想は「自分にもできるかも!」。

ビールを仕込んでから1カ月後、45本のビールと、ラベルが自宅に届いた。息子が営むエスニック料理屋「LOTUS」のカウンターで、後輩とふたり、談笑しながら瓶にラベルを貼っていると、常連客が「飲ませてよ!」と話しかけてきた。

ビールを注ぎ、グラスを口に運ぶ姿をドキドキしながら見守っていると、常連客は「うまい!」とつぶやき、ふたくち目を口にして微笑んだ。

その時のことを、こう振り返る。

「600円かけて造ったビールを息子の店に400円で卸したから、俺は200円損してるけど(笑)。ゴルフで良いスコアを出しても嬉しいのは自分だけ。でもビールを造れば、こうして誰かに喜んでもらえる。息子の店にも卸せるしね。この時にビールを造ろうって決めたんですよ」

1本1本、手作業で栓をする

塚越さんは、自宅の近くにあるビール醸造所に「修行させてもらえないか」と電話をした。そこでこう言われた。「研修生は受け入れていません。でも宇都宮に、研修生を受け入れてくれるところがありますよ」。

年齢や経験を問わずに受け入れてくれる「栃木マイクロブルワリー」を紹介され、そこで3カ月修行することに決めた。当時は美術館で週4日働いていたため、残りの3日をブルワリーに通い、醸造技術を修得。

並行して酒類製造免許の申請を進めている時、ある事実を知ることになる。

発泡酒の醸造免許を取得するためには、1年に6000リットル以上製造、販売しなければならない。これを3年間継続して、初めて本免許取得となる。

6000リットルというと、330ccの瓶を毎日50本売らなければならない計算だ。

「そんなの無理だ......」

具体的な数字を目にして、塚越さんが初めて弱気になった瞬間だった。

「不安だったけど、いろんな人に『俺、ビール造るから!』って言っちゃってたから後に引けなくて。本気でやらなきゃと改めて思ったね」

拡大したばかりの醸造所

大きな不安を抱いたまま、2019年7月に醸造所を設立。息子が営む料理店の一部を改築した。

設立に際し退職金には手をつけず、銀行から1200万円を借り入れた。「返済するお金があった方がやる気が出るだろう」と考えたのだ。

また、クラウドファンディングにも挑戦。集まった資金は170万円。支援者の8割は教え子とその保護者、地域の人たちだった。

「PRのためにやったのに過半数が知り合いだったよ。教員はもう辞めた!と引きずらないようにしてたけど、教え子が店にきて『先生のビールおいしい!』って言ってくれる姿を見てると、自分はいつまでも先生なんだなって思いますよ。支えられているね」

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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