未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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1日最大8000本売れるだんご誕生秘話 18年間行列が続くだんご屋さんの心意気

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.233 |10 May 2023
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#5だんごを求めて道路に車の行列

あまりの売れ行きに手応えを得た五十嵐さんは同年、横丁豆腐店の隣りにあった車庫を改装して、だんご屋を開いた。その時、小川豆腐店から改称して飛躍した湧水亭のことを思い出し、磯部晶策氏に「湧水亭のような名前を付けてください」とお願いした。快諾した磯部氏がつけたのが、「最上川千本だんご」だった。

「ビニールシートをドア代わりにして、雪が降ると雪が吹き込んでくるようなところ」(恵美子さん)という小さなだんご屋さんで売り始めたのが、現在の定番メニュー、しょうゆ、ずんだん、ごま、あんこ、くるみ、ナッツだ。なかでも一番人気は、地元の枝豆「秘伝」を使ったずんだん。

枝豆「秘伝」の風味が濃厚なずんだん。

「9月から10月上旬までに収穫した秘伝を茹でた後に急速冷凍して、1年分保存します。それを毎朝、流水で解凍して砂糖とお塩だけを加えて、カッターですりおろしています」

ほかの5品も磯部理念に基づいて作られていて、素材もさらど組合の仲間から仕入れているものがほとんど。添加物を一切使っていないため、どのだんごも同じように翌日には硬くなる。

お店を開いたばかりの頃は年に6回、山形市の大沼のほか、米沢や仙台の百貨店で出張販売をした。そこで出会うのは新しいお客さんだから、毎回、「添加物を一切使っていないので、明日には硬くなります。早めにお召し上がりください」と伝えた。それだけではなく、ずんだんは日に当たると緑から黄色に変色すること、保水剤を使っていないため、時間が経つとあんこが緩んでくること、ごまだんごはだんだん油分が分離してくることなど、ひとつひとつ丁寧に説明した。

そうしないとクレームにつながるという理由だったが、最上川千本だんごのこだわりが伝わるきっかけにもなり、だんごを求めるお客さんが出張販売のたびに増えていった。

車庫を改装したお店を開いた2000年に、暮らしの手帖が発行するムック本『誠実な食品』に掲載されたのも、大きな追い風になった。これを機にテレビや雑誌に取り上げられるようになり、駐車場のない「隠れ家的なお店」にだんごを求めるお客さんが溢れ、道路に車が列を作った。

自信を深めた五十嵐さんは2005年、大きな決断をする。通りを挟んで横丁豆腐店の向かい側にあった蔵を買い取り、飲食スペースを兼ねた広いお店を開いたのだ。あえてお客さんが減る真冬の12月に開店して新しく雇った従業員のトレーニングにあて、翌年の春に備えた。

妻、恵美子さんは「こんなに大きなお店を背負いたくない……」と乗り気ではなかったそうだが、その心配は杞憂に終わる。花見の時期が来ると、それまでに見たことがないほど大勢のお客さんが押し寄せてきたのだ。その様子を見て、「春の珍事」と笑う人はもういなかった。

蔵を改装した座敷もあり、イートインスペースも広々している。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
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