未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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1日最大8000本売れるだんご誕生秘話 18年間行列が続くだんご屋さんの心意気

文= 川内イオ
写真= 川内イオ
未知の細道 No.233 |10 May 2023
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#4「湧水亭みたいな店を作りたい」

2000年3月、夫婦で湧水亭を訪ねると、小川さんが歓待してくれた。その時に、おからドーナツができるまでの話を聞かせてもらった。

もともとはとても経営が厳しく、従業員にも辞めてもらって夫婦ふたりで豆腐を作っていたこと。壽屋の横尾さんが来た時に棒状のおからドーナツを出したら、「これ、おいしいからどうにかならない?」と言われたこと。それから砂糖などの素材を厳選し、おからドーナツをリング状にする機械を導入して、「卯の花ドーナツ」を完成させたこと。これが売れに売れたことで、豆腐屋として復活できたこと。

そして、通常なら同業者には絶対に公開しないという豆腐とおからドーナツの製造過程をすべて見せてくれた。五十嵐さんが思わず、「こんなに見せてもらっていいんですか?」と尋ねると、小川さんは「師匠の横尾さんが見せろと言ったから、見せたんだ」と頷いた。

実は、湧水亭に行くまで、五十嵐さんの妻、恵美子さんは「豆腐屋に将来はない」と思っていたそうだ。しかし、小川さんの話を聞いてからは、「湧水亭みたいな店を作りたい」という夫婦共通の目標ができた。

大石田町に戻り、日を改めて壽屋の横尾さんにお礼をしに行った。すると、想定外の展開が待っていた。

「山形市に大沼っていう百貨店があって、そこの役員さんにさらど組合の仲間がいたんです。その方から横尾さんに電話があって、大石田町の物産フェアが4月にやるんだけど、まだ空きがあるから五十嵐はどうだと。それで横尾さんから、出なさいと言われました」

湧水亭の小川さんと話をした1カ月後、大沼の地下にある食品売り場で開催された大石田フェアに、五十嵐さんはいた。横丁豆腐店のブースには、豆腐とだんごが並んだ。

だんごにはたっぷりとあんこを塗る。

磯部理年の4条件、4原則を守る五十嵐さんのだんごは、市販のだんごとは素材が異なる。だんごや餅の柔らかさを持続させるために一般的に使用されている添加物を使っていないのだ。その分、大石田町で収穫されたうるち米「はえぬき」の本来の味を出すことができるのだが、デメリットもある。あんこやみたらしなど甘い素材と合わせると、糖分に水分が吸収されてだんごが徐々に硬くなってしまうそうだ。

作り置きをすると硬くなるため、だんごとタレを別々に持っていき、注文が入ってから一本ずつ作るスタイルにした。五十嵐さんは「無名の豆腐屋のだんごなんて、たいして売れないだろう」と思っていた。それでも、百貨店の職員から「しっかり声を出して!」と発破をかけられると、元レスリング部の体育会気質に火が付き、「明日には固くなる団子、1本からお作りします!」と声を張り上げた。

くるみだんご(白)のみ使用。地元で採れたくるみと自家製豆腐を使った白和え。

最初はその声に反応するようにお客さんが集まり、だんごを買い始めた。するとその人だかりに引き寄せられた新たなお客さんが、だんごを手に取るようになった。そうして初日、「売れないかもしれない」と思いながら持ってきた300本のだんごがなくなった。

6日間の催事で翌日に400本、翌々日に500本と100本ずつ増やしていくと毎日売り切れ、5日目には700本に達した。その売れ行きを知った百貨店の部長が、5日目にこう言った。

「明日は1000本持って来なさい」

大石田町産のうるち米「はえぬき」で作るだんご。

最終日、横丁豆腐店のブースに1000本のだんごが用意された。「売れ残ったら、かみさんに文句言われるかな……」という懸念は、開店と同時に吹き飛んだ。続々とリピーターが現れ、100本、200本と瞬く間に売れていった。なによりも五十嵐さんが胸を衝かれたのは、リピーターの「おいしいものをありがとう」という言葉だった。

「今まで卸し売りしかしてなかったから、直接お客様にありがとうって言われることなかったのよ。それでね、すごくびっくりして」

終わってみれば、1000本完売。それまでまったく無名だった豆腐屋の快進撃に、大沼では「春の珍事」と言われたそうだ。

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