長きに渡ってメンバーと付き合いを重ね、さらに美術館を運営する立場にある板垣さん。実は彼もまた、花巻で生まれ育ち、画家を目指して活動していた。しかしながら子どもが成長しても収入は安定せず、「これが最後」と覚悟を決めた公募展にも落選。芸術の世界から完全に足を洗おうとしていた矢先、美術館建設の構想を描いていた社会福祉法人から、大学で神経心理学と美術を勉強した彼に声がかかった。
「『まゆ?ら』のメンバーが入所する障害者施設『ルンビニー苑』のことは、小さいときから知っていました。けれども知的な障害のある人たちたちに対する無知から、当時はネガティブなイメージで捉えていました。子どもたちの間では『お前、ルンビニーか?』みたいな悪口も横行していましたし」
勝手なイメージを抱いたまま大人になり、とある縁からその障害者施設と関わりを持つようになった。するとすぐに考え方が一変した。一切の垣根を設けず他者と温かく接し、すべての物事を肯定する懐の深さ。彼らと一緒にいるといつでもポジティブになれ、心地よい時間を過ごせたのだ。
「施設入所者やグループホーム参加者の一部に絵を描く人たちがいました。その絵を見て驚いたんです。一般社会と切り離され、中には義務教育すら受けていない人もいる。そういう人たちが、誰から教わることもなく、絶妙な色彩や緻密な構成を身につけ、人々の心を鷲掴みにする芸術を密かに生み出している」
それからというもの、板垣さんはこの世界に張り巡らされている「境界線」について考えるようになった。人間と動物、男と女、健常者と障害者。私たちの周りにはあらゆるものを明確に区別するボーダーがあり、無数の境界線が引かれている。仮にもしそれらを取り払ったとすれば、「すべてのものをひとつとして捉える世界」に変容するだはずだ。その世界では、この世に生きるすべての「命」がひとつの存在として輝くのではないだろうか?
「『ボーダレス』を美術館で表現するために、『命を感じる、考えさせる』ミュージアムにしよう」
板垣さんはそう結論づけた。