未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
216

異彩を放つミュージアム核心にあるもの ピュアなアートが生まれる場所

文= Numa
写真= Numa
未知の細道 No.216|10 August 2022
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#5私たちを隔てるもの。

長きに渡ってメンバーと付き合いを重ね、さらに美術館を運営する立場にある板垣さん。実は彼もまた、花巻で生まれ育ち、画家を目指して活動していた。しかしながら子どもが成長しても収入は安定せず、「これが最後」と覚悟を決めた公募展にも落選。芸術の世界から完全に足を洗おうとしていた矢先、美術館建設の構想を描いていた社会福祉法人から、大学で神経心理学と美術を勉強した彼に声がかかった。

「『まゆ?ら』のメンバーが入所する障害者施設『ルンビニー苑』のことは、小さいときから知っていました。けれども知的な障害のある人たちたちに対する無知から、当時はネガティブなイメージで捉えていました。子どもたちの間では『お前、ルンビニーか?』みたいな悪口も横行していましたし」

勝手なイメージを抱いたまま大人になり、とある縁からその障害者施設と関わりを持つようになった。するとすぐに考え方が一変した。一切の垣根を設けず他者と温かく接し、すべての物事を肯定する懐の深さ。彼らと一緒にいるといつでもポジティブになれ、心地よい時間を過ごせたのだ。

「施設入所者やグループホーム参加者の一部に絵を描く人たちがいました。その絵を見て驚いたんです。一般社会と切り離され、中には義務教育すら受けていない人もいる。そういう人たちが、誰から教わることもなく、絶妙な色彩や緻密な構成を身につけ、人々の心を鷲掴みにする芸術を密かに生み出している」

それからというもの、板垣さんはこの世界に張り巡らされている「境界線」について考えるようになった。人間と動物、男と女、健常者と障害者。私たちの周りにはあらゆるものを明確に区別するボーダーがあり、無数の境界線が引かれている。仮にもしそれらを取り払ったとすれば、「すべてのものをひとつとして捉える世界」に変容するだはずだ。その世界では、この世に生きるすべての「命」がひとつの存在として輝くのではないだろうか?

「『ボーダレス』を美術館で表現するために、『命を感じる、考えさせる』ミュージアムにしよう」

板垣さんはそう結論づけた。

冨沢富士子さんの織りがバッグに。縦横無尽に絡みついた糸が彼女の自由奔放さを表している。
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。