未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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異彩を放つミュージアム核心にあるもの ピュアなアートが生まれる場所

文= Numa
写真= Numa
未知の細道 No.216|25 August 2022
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#3アトリエの扉を開けると。

ギャラリーの隣には障害を持った人たちが働くカフェがあり、階段を登ると2階にはアトリエがあった。るんびにい美術館がユニークなのは、見学者が創作活動に励むメンバーたちと交流できる点にある(2022年7月末時点、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて見学公開を休止中)。活動しているのは「心と色の工房まゆ?ら」という創作グループ。メンバーは知的な障害があり、美術館の母体である社会福祉法人光林会の入所施設やグループホームを利用している人たちだ。

アトリエのドアを開けると、個性的な面々が、2年以上も見学者を受け入れていないというブランクは微塵も感じさせず、温かく私を迎え入れてくれた。

冨沢富士子(とみさわふじこ)さんがこちらを手招きして、茶目っ気たっぷりの笑顔で描いたばかりの円を指差す。それは私の顔だという。よく見ると目と耳らしきものがある。次に私の名前を尋ね、「ぬ」の文字が難しいとぼやきながら、円の横に文字を書く。彼女は色鉛筆で人の顔と名前を無数に描き重ねる、そんな豪快な作風の絵画を10年以上に渡り描いている。

人と接することが大好きでアトリエの接客担当を自認する千田恵理香(ちだえりか)さんがこちらにやってきて、あれこれと説明を加えてくれる。メンバーが2010年に参加したパリ「アール・ブリュット・ジャポネ」展のこと、この美術館に所属して数々の作品を残し、2年前に亡くなった八重樫季良(やえがしきよし)さんが、JR花巻駅の建物全体を彼の作品でラッピングした「HANAMAKI ART STATION」のことなど、このアトリエで生まれた作品が世界に飛び立ち、高い評価を受けていることを彼女は教えてくれた。

背中を丸め、白い糸と向き合うのは似里力(にさとちから)さんだ。彼は生成り糸をハサミで切っては結び、またチョキンと切っては結ぶことを黙々と繰り返す。その作業をかれこれ14年、飽きることなく続けているという。かつてアトリエで草木染めに取り組んでいた時期に、染めた糸から毛糸玉を作る仕事に従事していた似里さんは、ある時、糸が絡まった際に切って結ぶ動作に心を奪われたらしい。やがて、切れていない糸をこっそり切っては結ぶようになり、「染糸が売り物にならなくなるから止めてください」と注意されるたびに謝りはするものの、また同じことを繰り返した。やがて「もう好きにしてください」となり、以来彼の本格的な創作活動が始まった。

一心不乱に絵を描くかと思うと、そのまま寝て しまう瞬間もあるお茶目な冨沢富士子さん。
織りが得意な千田恵理香さん(左)と安保恵子さん(右)。その奥は佐々木早苗さんの制作スペース。
極力まで指と顔を近づけて作業する似里力さん。糸の切れ端を左手のふたつの指で潰すような動作をして糸を結ぶ。
似里さんの作品はいつも「無題」。誰にも真似できないであろう緻密な糸玉を作品とは捉えていない。
©るんびにい美術館
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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。