ギャラリーの隣には障害を持った人たちが働くカフェがあり、階段を登ると2階にはアトリエがあった。るんびにい美術館がユニークなのは、見学者が創作活動に励むメンバーたちと交流できる点にある(2022年7月末時点、新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて見学公開を休止中)。活動しているのは「心と色の工房まゆ?ら」という創作グループ。メンバーは知的な障害があり、美術館の母体である社会福祉法人光林会の入所施設やグループホームを利用している人たちだ。
アトリエのドアを開けると、個性的な面々が、2年以上も見学者を受け入れていないというブランクは微塵も感じさせず、温かく私を迎え入れてくれた。
冨沢富士子(とみさわふじこ)さんがこちらを手招きして、茶目っ気たっぷりの笑顔で描いたばかりの円を指差す。それは私の顔だという。よく見ると目と耳らしきものがある。次に私の名前を尋ね、「ぬ」の文字が難しいとぼやきながら、円の横に文字を書く。彼女は色鉛筆で人の顔と名前を無数に描き重ねる、そんな豪快な作風の絵画を10年以上に渡り描いている。
人と接することが大好きでアトリエの接客担当を自認する千田恵理香(ちだえりか)さんがこちらにやってきて、あれこれと説明を加えてくれる。メンバーが2010年に参加したパリ「アール・ブリュット・ジャポネ」展のこと、この美術館に所属して数々の作品を残し、2年前に亡くなった八重樫季良(やえがしきよし)さんが、JR花巻駅の建物全体を彼の作品でラッピングした「HANAMAKI ART STATION」のことなど、このアトリエで生まれた作品が世界に飛び立ち、高い評価を受けていることを彼女は教えてくれた。
背中を丸め、白い糸と向き合うのは似里力(にさとちから)さんだ。彼は生成り糸をハサミで切っては結び、またチョキンと切っては結ぶことを黙々と繰り返す。その作業をかれこれ14年、飽きることなく続けているという。かつてアトリエで草木染めに取り組んでいた時期に、染めた糸から毛糸玉を作る仕事に従事していた似里さんは、ある時、糸が絡まった際に切って結ぶ動作に心を奪われたらしい。やがて、切れていない糸をこっそり切っては結ぶようになり、「染糸が売り物にならなくなるから止めてください」と注意されるたびに謝りはするものの、また同じことを繰り返した。やがて「もう好きにしてください」となり、以来彼の本格的な創作活動が始まった。