さて、サ活の時間だ。が、正直に告白すると、私はこれまでサウナと距離を置いてきた人間だ。体に極端な負荷をかけて心臓が止まってしまったらどうしようという恐怖感があったから、「今度サウナ行こうよ」と友達に誘われてもやんわりと断ってきた。そんな私がとうとう、全国屈指の高温サウナでデビューを果たすのだ。
古戦場の風呂の壁には張り紙が多く、正しいサウナの入り方についても詳しく解説してあった。その方法に則り入浴することにした。
まずは体を洗って清潔にしてから浴槽に浸かって体を温める。体が冷えてたままサウナに入ると身体への負担が大きく、サウナの効果を引き出すのに時間がかかるらしい。ちなみに古戦場のお湯は天然炭酸水素イオン泉という人工温泉で、天然温泉を引いているわけではない。
そしてサウナへ。体表の温度が一気に上ることを防ぐため、しっかりと体を拭いて水分を取っておく。小さな室内は6人も入れば満員になる程度。熱気は上に行くから、熱さを求める人は上段を好む。私のような初心者は最も温度の低い下段のドア付近で十分だろう。ちなみにサウナ内の気温は「一段上がるとプラス10℃」というのがらしい。お、恐ろしい。110℃を超える古戦場のサウナストーブに最も近い上段のスペースは、どう見ても涅槃の時が近いプロサウナー向きだ。
室内の12分計を見て、どの数字に針が来たら外に出るかを決めた。「今から何分後に」と考えたろころで、すぐに暑さにやられてまともな計算ができなくなる気がしたからだ。針はちょうど10を指していたので、5になったら出ることにした。およそ7分。その時になってまだサウナに留まっていられそうなら、1分ずつ延ばせばよいと私は考えた。
3分が過ぎたころ、すでに汗だくになった私の意識は朦朧となってきた。頭からかけたタオルで顔をふこうとするとタオルが相当な熱を持っていることに気づき、自分がいかに危険な場所に身をおいているかを感じて怖気づく。もう出ようかとも思ったけれど「ととのう」感覚を味わいたい私は、予定どおり時計の針が5に達するまで何とかこらえた。
外に出て水風呂の水を桶ですくって体にかける。水温は14℃。はじめは冷たかったが、体がしっかりと温まったお陰か、すぐに慣れた。水風呂に使って半身浴のような状態で15秒ぐらいじっとしていると、寒さよりも心地よさが勝った。古戦場は水風呂に地下水を使っているのだが、サウナーたちは口を揃えて「水道水よりも天然水の水風呂のほうが圧倒的に気持ちいい」と言う。後者のほうが肌触りが圧倒的にまろやかで、何分でも平気で入っていられるらしいのだ。
体を冷ましすぎるのも良くないかと思い1分ほどで水風呂を出て、外気浴へ。体をしっかりと拭いて水分を取り、インフィニティチェアに座る。風が体に当たると、羽で優しく撫でられたような快感を感じ、思わず身が悶える。苔むす岩にカエルが佇み、セミの声が遠くから聞こえた。風が吹くと風鈴が「チリィイイイン」と響いた。いま自分がどこで何をしているのかが一瞬分からなくなった。
さらに2回、同じ行為を繰り返した。他のサウナーがいなくなったタイミング見計らって、セルフロウリュにも挑戦してみた。蒸気が波のように押し寄せ、体から流れ出る汗の量が一段と増した。
水風呂を終えて外気浴へ。体を横たえると、また風が吹いた。木々が揺れてサラサラと音を立てる。太陽が徐々に雲間から顔を出す。カエルは相変わらず苔むす岩に佇み、セミは遠くで鳴いている。すべての出来事がスローモーションのようにゆっくりと展開し、そしてまた、「チリィイイイン」と高く澄んだ音が鳴った。よく見ると、それは岩手の夏の風物詩、南部鉄器の風鈴だった。
すると、なんとも表現し難い感覚が私の心身を覆った。眠いようでいて意識はスッキリとして、いますぐに空を徘徊できそうな、または天国への階段を登っているような多幸感。深い瞑想状態に近いかもしれない。どうやら私は「ととのった」のだ。
目を覚ますと私の周りには、インフィニティチェアに体を投げ出し、ナメクジのように脱力するサウナーたちがいた。その無防備な姿は不思議と、いにしえの戦場で命を落とした武士の姿と重なり合った。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
私は松尾芭蕉の句を口ずさみながら、中庭をあとにした。