菊の鮮やかな歯触りとほろ苦さが気に入ってご主人に作り方を教わっていたら、件の夫婦が遠慮がちに「菊が意外とおいしいもんでしょう」と話しかけてきた。言葉を交わしていると、揚げたての自家製さつま揚げが夫婦の元にやってきて、思わず「それ、わたしもいただきたいです」と言った。まあるくてふわふわのたねが良質の油でカラリと揚げられていて、ちょんと生姜をのせていただいた。
お刺身に焼き魚に、具沢山の芋煮にさつま揚げに。地酒もほんの数口もらって腹十二分目くらいまで食べて外へ出ると、少し涼しい。ご主人に教えてもらったバーで一杯呑み、そういえば予約した宿はいったいどのあたりにあるんだっけと調べたら、なぜか相当に遠かった。
どうしてその宿を取ったのかまったく覚えていなかったが、予約してしまったのだから仕方ない。夜風に当たりながら歩き、うしろを振り返りながらタクシーを待った。
まさかその選択が甘かったなんて、知る由もなかった。迎車や乗車のランプが灯ったタクシーは通っていたし、車通りが少ない道ではない。しかし、そのうちそのうちと思いながら歩けど歩けど、空車タクシーは一向にやってこなかった。半分くらいまで歩いたころにはもう最後まで歩こうと決め、途中のコンビニでアイスを買い、食べながら歩いた。満月が強く照ってくれて気分はよかったが、さすがにお酒を呑んで1時間強歩いてくたくただった。
これはまだ誰にも確かめていないけれど、もしかして山形では(あるいは東京以外では?)タクシーは呼ばないと乗れないものなのか? そう思いながらベッドに大の字になった。ひとりで寝るのは、とてもひさしぶりだった。