翌朝は、うろこ雲が青空をびっしり覆っていた。空を見て歩いていたら、行き方を調べたり時刻表を見たりするのが面倒になり、駅前で自転車を借りた。東京での暮らしも自転車が中心だし、旅先でもわたしはよく自転車を借りる。思った方向に行けるし、景色を見逃さなくて好きなのだ。
きのうぼんやり行きすぎてしまった最上川を目指す途中で、「どこかにパン屋はありませんか?」と道ゆく人に尋ねたら、デニッシュがうりのかわいいパン屋さんを教えてくれた。クイニーアマンを買って川沿いを行くと、ガラスランプがたくさんぶら下がった漁船が停まっている。写真を撮りつつパンを食べていたら、もう一隻の船の中からこちらを見ている人と目が合った。
「イカ釣り漁船、めずらしい?」
と聞かれたのだと思うが、方言だったので自信がなく、曖昧に笑ってうなずいた。サングラスをしていて、表情がうまく読み取れない。怒られるのかな……とよぎったとき、おじさんはおもむろにクーラーボックスを開け、「ほれ」と中の魚を見せてくれた。
「えっ? これ、釣ってきたんですか?」
びっくりしていると、「そうそう」とアスファルトに真鯛とハマチをどんどん出してくれる。おじさんは、引退する前は写真家だったと言いながら、魚を並べて写真に撮った。方言で1/4くらいはわからなかったけれどなんとか会話は成立し、しばらく写真のことや魚が好きな孫のこと、どうしてわたしが山形に来たのかという話をぽつりぽつりとした。
そろそろおいとましようと思ったとき、
「魚、ちょっと持って帰る?」
と、おじさんが聞いた。
そりゃあほしい。即答しようとして、でも口をつぐんだ。だってこんなに晴れているのにクーラーボックスもないし、当たり前だけど出刃包丁も持ってない。いま冷静に考えればナイフぐらいおじさんが持っていただろうから、その場で捌いてでも一口食べとくんだった。あるいは、どうやったら持って帰れるかを相談するんだった。と、食いしん坊のわたしは未だに後悔しているのだが、仕方なくお断りして空を見上げると、遠くに風力発電の風車が見えた。
「あそこって、自転車で行けるくらいの近さですか?」
おじさんに聞くと、「行ける行ける。展望台もあるよ」と、だいたいの道を教えてくれた。真鯛に心を残しつつさようならをして、風車に向かった。半袖でも暑くて、でも空気は乾いていて気持ちのいい気候だった。