さて青森で出会った人たちからは、この町が世界有数の豪雪地帯であり、冬の暮らしが本当に厳しいのだ、ということを何度も何度も聞かされた。5月後半は一番陽気のいい季節だから、私には実感がわかなかったが、ほんの少し前まで、あちこちにまだ雪が残っていたのだというから驚きだ。
そして冬になれば街の中には何メートルもの雪が積もり、町と町を抜ける山道のほとんどは通行止めになる。身動きが取れない大雪と寒さのなかで、人々は長い間、自然を敬い恐れ、さまざまな知恵を絞って暮らしてきたのだという。恐山のイタコの文化など、歴史的にも、そして今もって神仏や霊を信じている人たちが他の地域に比べて多いように見受けられるのも、自然の厳しさが関係あるのだろうか、と思った。
青森の暮らしや歴史を知るためには、厳しい自然を少しでも体感してみたい。そのためには、ACACの奥にそびえる八甲田の山々を一度は登らねばいけないな、と考えた。ちなみに八甲田には「八甲田山」という名の山があるわけではない、ということも教えてもらった。八甲田とは「たくさんの山」という意味なのだそうだ。
しかし5月の山の中には雪が多く、さらに雪解け水も出ていて、初心者には難しいというので、八甲田に登るのはもう少し暖かくなるまで待つことにした。それまではホテ山の山上さんに、十和田の奥入瀬渓流や田代湿原に連れて行ってもらうことにした。このようなリサーチはキュレーターの村上さんも、常に同行してくれた。
奥入瀬渓流も田代湿原も、ちょうど新緑の季節で、木漏れ日、澄んだ水面とせせらぎの音、高山植物、鳥の声……見るもの聴くもののすべてが美しくて驚いた。ACACから十和田方面を向かう林道をドライブするだけでも心が弾んだ。しかし冬になれば、この道はみんな雪で閉ざされてしまう。かの有名な、旧日本陸軍の訓練中に起こった「八甲田雪中行軍遭難事故」も、実は私たちがふだんから通行できるようなところで起きたのだという。
八甲田に向かう道には、あの岩木山が見える展望台もあった。岩木山は「津軽富士」ともいわれる美しい形の山である。親しみを込めて「お山」とも呼ばれる岩木山は、八甲田連峰と並んで青森県の人たちが心のよりどころにしている、もう一つの山なのだ。人が集まり山の話になると「どっちの山が好きか?」とお互いの好きポイントを力説しあうことも、しばしばあった。山歩きの帰り道には、ここで必ず車を止めて、遠く離れた岩木山の姿を眺めるのも楽しみの一つとなった。