未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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『旅の思い出』編《青森の見方》を考えるリサーチの旅 本州最北端で過ごした1ヶ月間

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.191 |10 August 2021
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#9初・八甲田

さて、滞在制作も残りあと二日、というその日。私はついに憧れの八甲田に登ることになった。6月も後半に入り、雪もだいぶ溶けただろう、ということで山上さんが初心者でも登れる雛岳に連れて行ってくれることになったのだ。

しかし当日の朝。風が強く、雨も降るかもしれないとのことで、雛岳アタックはあえなく中止となった。かわりに八甲田ロープウェーを使って一気に上がり、田茂萢岳(たもやちだけ)山頂付近と毛無岱と呼ばれる湿原をハイキングしながら、酸ヶ湯方面に下ることにした。八甲田山系では最も楽なハイキングコースのひとつだ。ちょっと残念だけれど、しかたない。

八甲田ロープウェー「山麓駅」の窓口では、「本日は強風のため速度を落として運行し、場合によっては止まることもあります」と念を押された。「ああ、いやだなあ……」と私は思った。雛岳に登れなかったのは、ただ単に残念だっただけではない。実は私は高所恐怖症なので、高いところをゆっくり進むロープウェーが大の苦手なのだ。しかしロープウェーは、そんな私には構わずに定刻通り出発した。ドキドキしながら眼下をちらりと覗くと、びっくりするほど美しい青森の山と街が見えた。

雪渓で登山道が見えないので、GPSで確認する

ほどなく「山頂駅公園駅」に着いて、一息いれる間もなく歩き出す。雨に降られたら厄介だから、と山上さんは足早に進む。あたりは霧がたちこめ、肌寒い。登山道に覆いかぶさるように、何度か大きな雪渓が現れ、そうなると、どこをどう進めばいいのか、自分では到底わからない。下るにつれ、今度は地面に雪解け水が溢れている。ぐちゃぐちゃの足場をゆっくりと降る。
「ああ、よそものの私にとって、この山の中に楽なコースなんか、一つもないんだわ」と私は思った。

やがて山頂にかかった雲を抜け切ると、青空が見えてきた。そうして見られた景色は本当にすばらしかった。美しいアオモリトドマツの林を抜けると、高山植物が咲き乱れ、小さな澄んだ沼が幾つも現れる。毛無岱にたどり着いたのだ。絵の中にいるような美しさだ。無理を言って、連れてきてもらったことに感謝だった。

青森の環境の厳しさと、隣り合わせにある自然の美しさは、歩いてみないとわからない。やっぱり八甲田を登れてよかった! と田茂萢岳を振り返りながら思った。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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