Sは車を北へ走らせた。向かうは遠野。民俗学者の柳田国男が明治43年に発表した、神隠し、臨死体験、天狗、河童、座敷童子など、この地方にまつわる信仰や言い伝えを集めた、日本の民俗学における記念碑「遠野物語」の地だ。
河童が多く住み、人々を驚かし、いたずらをしたとわれる「カッパ淵」を訪ねてみた。うっそうとした茂みの中をサラサラと水が流れる川辺は、今にでも河童が現れそうな雰囲気なのだが、待てども河童は現れない。すぐ近くに「遠野伝承園」があったので立ち寄ることに。
曲り家、水車、養蚕、昔話、神様といった、その昔の遠野の農家の生活を再現した施設。「遠野物語」の世界にタイムトリップしたような空間でも圧巻だったのは、御蚕神堂だ。6畳くらいの小さなお堂に、男女の顔や馬の顔が彫られた木の棒にカラフルな布を重ね着させた約1000体の「オシラサマ」が壁を覆い尽くすように並んでいる。
農家の娘が飼馬に恋をし、怒った父親が馬を殺した。すると娘も天に登り、オシラサマになったと言い伝えられている。その後、遠野では農業の、馬の、養蚕の、また狩猟の際にどちらの山へ行けばよいかを知らせてくれる「お知らせ」の神様として祀られるようになった。東北地方特有の風習で、岩手県と青森県で特に色濃く見られる民間信仰だそうだ。
神社の絵馬のように、様々な人の悩みや願いが赤裸々に書かれていて、俺はついついそれらに見入ってしまった。ビジネス、受験、人間関係、家庭問題、世界平和など、実に様々な思いが書き込まれている。その中で「ママがおこりませんように」という切実な少年の願いを見つけ、思わず吹き出す。筆跡からして小学校高学年の児童かもしれない。これを見た母親が「みっともない事を書かないでよっ!近所の人が見たらどうするの」と、さらに怒り出すとしか思えないのだが。。。