1時間ほど車を北へ走らせると、津軽海峡が近づいてきた。風間浦村で「下風呂温泉郷」の看板を見つけ、室町時代から存在する湯治場と知り、迷わず立ち寄る。コバルトブルーの海岸線の背後に山が迫り、残された僅かな土地に温泉宿がひしめく、昭和の風情。潮の香りのする海風と源泉から漂う硫黄の匂いが混じり合っている。
青森らしくヒバで造られた湯殿に浴槽から白濁した熱い湯がドバドバと流れ出る公衆浴場で、俺の「最果て感」は最高潮に達した。作家の井上靖(故人)はこの温泉郷で小説「海峡」の終局を書いた。
「ああ、湯が滲みて来る。本州の北の果ての海っぱたで、雪の降り積る温泉旅館の浴槽に沈んで、俺はいま硫黄の匂いを嗅いでいる」
硫黄臭をプンプンと漂わせ、3人は大間にやってきた。大漁旗を立てた漁船が忙しく行き交っていると想像した漁港は閑散として、漁師どころか猫一匹もいない。それもそのはず、マグロ漁が本格化するのは8月から1月あたり。観光客相手の飲食店や土産物屋の大半は閉まっている。極上の本マグロはここではなく、豊洲市場の冷凍庫で眠っているに違いない。
対岸の北海道を眺めようと、堤防に車を停めて津軽海峡を見渡すと、大間原子力発電所の建物が目に入った。やがてカーフェリーが汽笛を鳴らし、函館に向けて出港した。