本州最北端の大間から南下して佐井村に入る。下北半島の西側海岸は断崖絶壁が延々と続いている。相当な高さがある断崖のはるか下に、白光りする奇岩群が立ち並んでいた。「仏ケ浦」だ。写真を撮ろうと車を降りると、背後の林から視線を感じた。ツキノワグマかと思ってヒヤリとしたが、こちらを見つめていたのはニホンザルの群れだった。
日本列島がユーラシア大陸から分離した約2000年前に起きた、大規模な海底火山活動が原形だと推測される仏ケ浦は、現在も侵食が続いている。青森県に入ってから目にした観光ポスターの仏ケ浦は、エメラルドグリーンに輝く海と白く輝く岩肌、そして周囲を深緑の森が埋め尽くす、あたかも南仏の美しい入り江「カランク」のような、絶景を誇る海岸だった。
「こんなピュアなパラダイスが北の果てにあるのか!」と俺たちは目を輝かせ、旅の締めくくりに訪れよう決心したのだ。しかし高波が岩肌を激しく打ち、木々が色を失った冬の仏ケ浦に、そのような楽園モードは微塵もなく、代わりに別の惑星に不時着したような殺伐とした光景が広がっている。「随分写真と違うな」「確かに」とKとSが呟く。俺は気を取り直そうと「これでいいじゃないか。世間でも家庭で荒波にさらされ、常に骨身を削る。中年男にお似合いだろ!」
俺たちが待ちわびていた極楽浄土は、その夜、不意にやってきた。仏ケ浦から一番近い民宿「ゆづき荘」に到着し、風呂を済ませると、すぐに食事が運ばれてきた。ちゃぶ台を埋め尽くす魚介類は全て目の前の海で、漁師である主人が取ったもの。数種類の刺身盛り合わせ、カレイの姿揚げ、イカの丸煮。
なかでも3人の目が釘付けになったのは、大きな殻に盛られたアワビの刺身。女将さんいわく「年に1、2度出せるかどうか」という裏メニューだそうだ。冷たい海で育った、北方特有の引き締まった身と肉厚。太平洋と日本海が出合い、暖流と寒流がぶつかる津軽海峡だけの、芳醇かつ奥深い味わい。
俺たちは「まーまーまー」「おっとっとっとっと」と言い合いながら、互いのグラスに酒を注ぎ合い「おつかれーちゃーん!」「最高だったねー!」と四半世紀前の業界人のような乾杯をした。「次は宮古島とか?」「だよねー」と、もはや誰ひとりとして恐山の「お」の字も口にしない軽薄さ。俗世にまみれた中年男がたどり着く極楽浄土とは、結局はそんな類いのものなのだった。