さてアルプスピクチャーズが作っている「地域映画」という言葉を、私が初めて聞いたのは、この数ヶ月前、大輔さんの奥さんである祐子さんとの偶然の出会いからだった。
友人の友人だという祐子さんは、東京で育った。大学の同級生で音楽専門の映像制作会社で働いていた大輔さんと結婚した祐子さんは、4人の子供に恵まれて東京で暮らしていたのだが、「安曇野に旅行したら、すっかり魅了されて、ここに住みたい! ここで子供を育てたい!」と思って、引っ越してしまったのだ、と出会ったその日に教えてくれた。夫婦にとって縁もゆかりもない安曇野、絵に描いたようなIターンである。2011年のことだった。
「安曇野で『アルプスピクチャーズ』という映像制作会社をやっていて、古い8ミリフィルムを集めて『地域映画』を作っているんだよ!」という祐子さん。はて「地域映画」とはいったいどんなジャンルの映画なのだろうか、と私は思った。なんだか聞いたことがありそうで、でも、たぶん一度も聞いたことがない言葉だった。
詳しいことはよくわからないまま、その時は祐子さんと別れたのだが、しばらくして、私の元に祐子さんから「地域映画」のサンプルや資料が送られてきた。
さっそく「よみがえる安曇野」と題されたDVDを見てみると、それは昭和30〜50年代に安曇野市民が撮影した8ミリフィルムをデジタル変換したものを素材にして、安曇野の昭和の日常風景と現代の人々の様子をつないだ映画だった。古い映像の合間に、時々これらを撮影したおじいさんたちや、あるいは被写体として写っていた当時、若者や子どもだった人たちのインタビューが流れる。フィルムから聞こえてくる音楽は童謡や唱歌など、聞いたことがある曲ばかり。映画そのものの説明や字幕は、ほとんどないのだが、自分が知らないはずの景色なのに、なんとなく懐かしい気持ちになる映画でもあった。
資料には「地域映画とは昭和時代に市民が記録した8ミリフィルムを掘り起こし、その集積を市民との共創により新たな映画に仕立て上げる、その土地オリジナルの記録映画です」と書いてある。
映画を見終えて、これはすぐに安曇野へ、アルプスピクチャーズへ行ってみよう! と私は思ったのだった。この映画をつくった監督の大輔さんにも話を聞いてみたい。そしてなにより、この映画にたくさん出てくる安曇野の町の人たちにも会えないかしら。
そして旅の仲間には、舘くんを誘うことにした。大学院で写真論を学んだ写真研究者のタマゴである彼女は、古い写真や映像に関する造詣が深い。8mmフィルムがテーマのこの旅に、きっと興味を持ってくれるに違いない、と思ったのである。
そして「よみがえる安曇野」にも映っている穂高神社で、久しぶりに祐子さんと待ち合わせた。約束の電話口で祐子さんは「せっかくだから、穂高神社にもお参りしたほうがいいよ」と言ったのだった。古くから日本アルプスの総鎮守とも言われているだけあって、穂高神社は厳かな雰囲気があり、リュックやハイキングストックを持った参拝客もちらほらいた。鳥居の奥は、映画の中の50年前と風景とそんなに変わってないのも、なんだかよかった。