しばらくして、蛯名さんが料理を持ってきてくれた。贅沢な白魚尽くし! そして、前述したように手元がピカピカ光るグラスのなかで泳ぐのは、小川原湖から一歩外に出れば目にすることすら難しい生きた白魚! 白魚の漁期は9月から3月の秋漁と、4月から6月の春漁で、前日の4月25日が春漁の解禁日だった。今回、その解禁日に合わせて取材をさせてもらった。踊り食いをするなら、採りたてピチピチがいいじゃないですか!
蛯名さんは取材の当日、漁師さんに話を通して白魚を仕入れてくれたのだけど、グラスの底にはすでに数匹がぐったりと体を横たえていた。漁師から蛯名さんのもとに運ばれ、水槽に放されている間に亡くなったそう。本当に繊細すぎる魚なのである。
「2匹だけでも出せてよかったよ」と笑顔で話してくれた蛯名さん。見た目はよくいる料理人さんだけど、この人こそこれまで誰も成し遂げられなかった白魚の踊り食いを実現した男だ。踊り食いの話をする前に、蛯名さんの奮闘を記したい。
東北町出身の蛯名さんは、高校卒業後、横浜の老舗すき焼き店で料理人として働き、料理長まで務めた。その後の1980年頃、故郷に戻って「居酒屋レストラン えびぞう」を開く。それから数年が経ち、店を軌道に乗せた蛯名さんは「町の名物を作ろう」と思い立つ。目をつけたのが白魚だ。
地元の高校に通っていた時、生物部の部長を務めていて小川原湖の生態調査もしたことがあった蛯名さんは、白魚の存在を知っていた。素魚の踊り食いがあるんだから、白魚の踊り食いを名物にしようと考えたのだ。