さて、蛯名さんが心血注いで確立した白魚の踊り食いはどうだったのかを記そう。箸でつまみ上げ、一気に口のなかへ。舌の上でピチピチと跳ね回る白魚。This is 踊り食い! という感触を確かめた後、グッと歯をかみ合わせた。すると、プチッという歯ごたえとともに淡い塩味と爽やかな甘みが広がった。初めて体験する、品の良い魚の味。僕の頭に浮かんだ言葉は「風流」だった。続いて2匹目も飲み込んで、合掌。食べ終わるまでに1、2分しかかかってないけど、生き物を頂くということを実感した貴重な時間だった。
この後は、刺身、天ぷら、卵とじの白魚尽くし。口当たりが軽いから、僕のお腹のなかにスルスルと吸い込まれていく。このあたりの料理はきっと、徳川家康も食べたはず。目をつむり、家康が江戸城でもぐもぐと白魚を味わっている姿を想像しながら食べると、自分も殿様気分になれるからお勧めだ。
食後、「これから小川原湖に行きます」というと、蛯名さんが案内してくれた。その日の小川原湖は火曜サスペンス劇場に出てきそうなほど不穏な雰囲気の分厚い雲が垂れこめていた。強風に煽られて、波も荒れに荒れている。春の小川原湖を満喫! という僕の目論見は、これ以上ないというくらいに外れた。
子どもの頃から雨男の僕はこういう時、「運が悪かった」とは思わない。また東北町と小川原湖に来る理由ができたと考える。秋の漁が始まる時期なら、まだ暖かいはず。小川原湖で湖水浴もできるだろう。真冬の時期に来るのもありだ。小川原湖と接している沼が凍り付いたら、ワカサギ釣りが楽しめる。そしてまた、蛯名さんを訪ねよう。この広い世界で、生きた白魚を味わえるのは東北町だけだから。うん、今度は2匹以上食べたい。