未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
136

気分は『ニュー・シネマ・パラダイス』

100歳越えの現役映画館で過ごす贅沢な休日

文= 小野民
写真= 小野民
未知の細道 No.136 |10 April 2019
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#4若き支配人の苦悩

劇場1階部分の客席。

 「いやぁ、実は今の時間の上映はお客さんが0でした。厳しいなぁ」お話を伺うために時間を取ってもらったら、上野さんは悔しそうな顔で、話し出した。

 「世界館ではイベントにも力を入れていますが、平日のお客さんをいかにコンスタントに呼ぶか、というのはずっと課題なんです」

 世界館では、常設映画館として復活以来、劇場自体の魅力を増すため、多くの試みを続けている。人気なのは、上野さんが就任して以来続く「月一カレー会」。みんなで映画を観た後にカレーを食べながら語らうことで、劇場のコミュニティが形成されることになった。また、『バーフバリ』などのにぎやかなインド映画は客席で大盛り上がりしながら鑑賞する「マサラ上映」という上映スタイルを恒例にしにたことで、劇場のファンを増やしている。ほかにも上映映画の監督を招待してトークショーを開催したり、婚活イベント、託児付きの映画など、 小回りがきく映画館だからこその催しも持ち味だ。

定期開催の人気企画。こういうイベントを通して、映画館のファンが増えていった。

 が、しかし、それは「特別な日」。いかに何もない普通の日に、メインの客層であるシニアの心をつかむか、映画のラインナップに知恵を絞る。

 「付き合いのある小規模な配給会社の映画を選んだり、特に目に止まった映画には『お問い合わせフォーム』から問い合わせてみたり。大きな配給会社の映画は難しいのですが、うちも4年やってきて、相手にしてくれる配給会社は増えました。でも、すべての映画を見て決められるわけではないので、とくに注目して力を入れているのは、インド映画と韓国映画ですね。インド映画は圧倒的なスケール感がおもしろいし、韓国映画は政治的なテーマとエンタメのバランスがよくて、クオリティの高いものが多いんです。裏をかえせば、チョイスで失敗したくないからこその作戦です」

映写室には今も35mmフィルムの映写機。

 素人目には、「上映する映画を選ぶなんて楽しそうだな」なんてのんきに思うけれど、上野さんの選択が興行収入に直結する。実にシビアな現実がある。

 「昨年は、樹木希林さんが出演した『あん』や『日々是好日』、ナレーションをした『人生フルーツ』などを上映しましたが、どれもすごく反響があり、ありがたかったですね」

 認知症を扱うなど、老いをテーマにした作品も意外に人気だとか。「個人的にはゾンビ映画が好き」という上野さん。尖った作品と王道の作品、そのバランスは常に悩みの種である。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
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