未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
268

能登島に生まれて育った男の島にかける想いが紡ぐ物語 被災したミナミバンドウイルカを訪ねて

文= きえフェルナンデス
写真= きえフェルナンデス
未知の細道 No.268 |11 November 2024
この記事をはじめから読む

#6さみしい地元と2頭のはぐれイルカ

能登島はかつて半農半漁の島だった。

1982年4月に能登島大橋が開通し、同年7月、のとじま臨海公園水族館がオープンした。以降10年間で、ゴルフ場ができ、能登島ガラス美術館が開館。年間約100万人が訪れる能登を代表する観光地のひとつとなった。

当時の石田少年の目に映る能登島は、キラキラしていた。しかし、27歳の石田さんから見た島に当時の輝きはなく、「さみしいな」と思った。

約6000人いた人口は、2024年9月時点で約2200人に減少している(七尾市役所調べ)。島の課題は、跡継ぎがいないこと。建物の老朽化も目立つようになっていた。

「『能登島を元気にするぞ!』と思い帰ってきましたけど、そんな大それたことはできないんですよ。小さなことでいうと、自分の宿をがんばることもそのひとつなのかな、と。そういう人がいっぱい増えたら島は盛り上がるのではないかな、と思ったんです」

2014年、母とともに切り盛りしていた民宿をフルリノベーションした。

山水荘の名物・舟盛りを作る石田さん。

山水荘は、1日最大25名が宿泊できる民宿だ。舟盛りがドカンとでるなど料理が豪華で、居心地の良い宿としてリピーターが増えていった。平日でも予約が取れないときもあったという。近隣住民がお手伝いとして働きに来てくれたほか、住み込みで働く従業員も常時2~3人いた。常に来客を迎え忙しい日々を過ごしていた。

「なんの不満もないくらい順調でした。逆にお客さんがいすぎたくらいで。ありがたいことやったな……と思います」

民宿経営やイルカ観光を一生懸命やることで、新しい出会いも増えていった。

2018年には、SNSをみた音楽業界の関係者から石田さんに声がかかり、能登島で音楽フェスティバルを開催した。ゲストとして、PUFFYやスチャダラパー、MONGOL800のボーカルのキヨサクなどが参加。イベントの運営メンバーとしても携わっていた石田さんは、民宿に招待し、能登の幸を振る舞った。その後も、能登島を気に入ってくれたスタッフから、声がかかるようになる。

翌年、湘南乃風の若旦那が全国で弾き語りツアーをした際には、石田さんの民宿「山水荘」でソロライブを行った。2022年に開かれた能登島大橋40周年記念イベントでは、再度MONGOL800のボーカルキヨサクが訪れ、RIP SLYMEの元メンバーも参加した。

島民は無料招待にして、アーティスト側には民宿でおもてなしをした。

「本当は、こんな田舎に来てくれるようなアーティストではないんです、皆さん。イルカや民宿がご縁を繋いでくれて、開催できたんやなと思います。利益は一切ないですけど、能登島のために島民がどうしたら喜ぶかなってことを考えて、島おこしになればいいな、と思ってやっています」

「アーティストの方も『また呼んでね』と帰っていかれるんで、うれしい限りです。それに僕もライブとか、もともと好きなので……」と石田さんはへへっと笑った。

2024年1月1日のあの日が来るまでは、すべてが順調に進んでいたーー。

このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。