20年以上も、個人的に外国人の支援を続けてきた小笠原さん。
さらに2019年から、仲間たちと外国人支援ネットワーク「TOMODACHI」を立ち上げた。亀仙人街から車で15分ほどの、出身地である下妻市内に「かふぇまる」という拠点をつくり、スリランカ人など外国人に向けて日本語サロンを開くようになった。わからない書類を一緒に読んだり、散歩しながら、おしゃべりしたり、かんたんな日本語を話しながらゆるやかに交流する場である。
さまざまな移民がいると、世界共通と思われがちな英語が役に立つわけでは決してない。みな、それぞれの国の言葉しかできないケースが多いので、日本人も外国人も、お互いができるだけ簡単な日本語を使ってコミュニケーションできるようになるのが、実は大事なことなのだ、と小笠原さんはいう。
さらに子ども食堂も立ち上げた。「子ども食堂の定義は『子どもが安心してたべられるところ』なんですよ。だからどんな子がきてもいいんです」と小笠原さんはいう。ブラジルやペルーなど外国籍の子どもたちはもちろんのこと、日本人の子どもたちもたくさんやってくる。今日は地元の高校生たちが手伝いに来ていた。
そしてここの食事をつくるのは、地域のボランティアが中心だ。70代や80代になる女性も多く、つまり小笠原さんの親世代の人たちだ。この日も厨房では、外山さんと大島さんが、楽しそうに50人分のカレーを仕込んでいた。二人ともとても若々しくて、年齢どおりには見えない。
「ボランティアさんは子どもや孫のような人たち、そして外国人に頼りにされるのが、嬉しい、と言ってくれるんですよ」と小笠原さん。いろいろな世代がひとつの場所に集うことで、実は支援する側の人々が、やりがいや喜びを感じられる場所にもなっているわけだ。
「外国人も日本人も、年代も関係なく、いろんな人を巻き込んで、ごちゃまぜに交流したい」という小笠原さん。そして「実は自分がやっていることは『外国人支援』ではなくて、本当は『多文化共生』という言葉が、ぴったりなのかもしれない」小笠原さんは続けていうのだった。