1991年2月10日に開館した、北方民族博物館。ここでは主に北緯45度より北側の地域、アラスカ、カナダ、グリーンランド、ロシア、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、中国の北部、モンゴル、北海道などの先住民族の伝統文化を中心に展示している。ところでなぜ、網走市に?
「網走は、北方民族とゆかりが深い町なんです。今もアイヌの人たちが網走に住んでいますし、6世紀ごろから、網走周辺のオホーツク海沿岸にはオホーツク文化という、それまで北海道にいた集団とはまったく違う人たちの文化がありました。第二次世界大戦前まで日本の領土だった樺太(現サハリン)が、戦後、ソ連領になったことで、樺太に住んでいたウィルタ族やニブフ族の一部の人たちも日本に引き上げてきました。彼らも網走に住んでいたのです」
僕も取材前の下調べで、網走にウィルタ族が住んでいたことは知っていたけど、そういう事情があったのか! ウィルタ族とニブフ族は『ゴールデンカムイ』にも登場するから、おぼえている人もいるかもしれない。
展示の入り口には、アラスカのエスキモーの「シャマン用仮面」(シャマンとは呪術・宗教的職能者のことでシャーマンとも表記される)が、なにげなく掲げられている。この仮面の説明を聞いて、いきなりテンションが上がった。
「だいたい今から100年ぐらい前、19世紀末に使われていた本物の仮面ですね。上から顔が3つあるでしょう。これはエスキモーの世界観を表していて、人間の世界、動物の世界、精霊の世界を表現しています。シャマンはこれをつけて、3つの世界を行ったり来たりするわけです」
この仮面を見たら、ほとんどの人が一番大きな下の部分が人間だと思うだろう。ところがどっこい、野口さんによると一番上のこじんまりとしたかわいらしい部分が人間、その下がフクロウ、一番下が精霊。妙にインパクトのある精霊の顔が、マンガ『みどりのマキバオー』にしか見えない。
「ヨーロッパ的な感じだと精霊ってファンシーなイメージがありますけど、北の世界の精霊はだいたいこんな感じなんです」
面白い! 僕はのっけから野口さんの話に惹きつけられた。そうそう、「エスキモー」という呼び名は蔑称で、現在は「イヌイット」と呼ばれていると思っていたのだけど、北方民族博物館ではイヌイットとエスキモーを使い分けている。
というのも、従来、広くエスキモーと呼ばれてきた人たちは「東エスキモー語」と「西エスキモー語(ユピック語)」を話す人びとに分かれていて、「人間」を意味するイヌイットは「東エスキモー語」を話す人たちのことを指す。「ユピック語」は東エスキモーの言葉とは異なるため、「イヌイット」と表すのは明らかな間違いになる。そこで、北方民族博物館では、ユピック語を使う人たちを含めた総称としてエスキモーと表しているのだ。こういう話を聞くと、知らないところにあった脳内の扉がひとつ開いた気分になる。