一方、秀彦さんの本来の趣味は映画のポスター集めであった。なぜなら秀彦さんは青森中心部にあった映画館「銀映会館みゆき座・ミラノ座」の息子であり、医大生の時には、一時その経営にも関わっていたという。これが実は、本来の街かどミュージアムのコレクションの基礎になっているのだ、と小倉さんはいう。
また、美術館のコレクションを作っていくビジョンのなかで、吉田初三郎のような地域にゆかりのある作家のコレクションと並行して、地域にないものを集めて、それを地域の人たちに公開する、という視点も必要だった、と小倉さんはいう。それが3つ目のコレクションの柱である伝統木版画だ。
版画のコレクションを始めたきっかけは、吉田初三郎が当時「大正広重」と言われたことにもつながっている。広重とはもちろん、初代歌川広重のこと。江戸時代の風景を広めた希代の浮世絵師だ。「元祖広重」と「大正広重」を同時に見ることができるのが、ここのコレクションの特徴でもあるのだ。
また江戸時代の作品のみならず、明治、大正、昭和と活躍し、現在も再評価の機運が非常に高まっている、川瀬巴水や小原古邨など近代以降の版画家のコレクションも多い。
「鳥瞰図も、映画のポスターも、伝統木版画も、実は全て大衆文化です」と小倉さんは語る。さらに言えば高価な肉筆画や原画に比べて、版画やポスター、鳥瞰図であれば、私設美術館の資金でも十分にコレクションを継続し、ひいては特徴ある企画展示を継続していくことができる。
一般的な私設美術館、特に地域固有の文化を展示する美術館では、最初に集めた郷土ゆかりのコレクションにとどまり、やがて企画展示がマンネリ化してしまいがちだ。しかし街かどミュージアムでは、開館後、現在も継続してコレクションを増やしているという。この秋開催の「川瀬巴水と初三郎」展のように、初三郎と浮世絵を並列した企画も行うなど、展示内容の幅も広げている。
街かどミュージアムでは全国から、初三郎目当ての来場者がやってくる。その際、質の高い版画のコレクションの存在に驚く来場者も多いという。吉田初三郎という郷土資料のアーカイブと質の高い企画を同時に行うという、小倉さんのビジョンの賜物だ、とその話を聞いて私は思った。