投宿した温泉旅館の女将さんが3つある共同浴場のことを丁寧に説明してくれた。酢川温泉神社のそばにある「上湯」、高湯通りの中ほどにある「下湯」、そして温泉マニアのあいだでは有名な「川原湯」。それぞれ異なる源泉を持ち、泉質は強酸性の硫黄泉。酸性泉は全国的に見てもそれほど珍しいものではないけれど、強い殺菌力を持ち肌をピリピリと刺激するPH値2.0未満の強酸性泉となると数えるほどしかない。
私の目的は、その中の「川原湯」だ。3つの共同湯の中で唯一の足元湧出温泉なのである。
上湯と下湯のある目抜き通りから少し奥まったところに、川原湯はあった。硫化水素ガスの匂いが一段とキツくなる。木造の小さな建屋になぜか赤いスポットライトがあたり、公衆浴場と言うよりも妖しげな芝居小屋のような雰囲気を醸し出している。裏に回ると白く黄色く変色した湯だまりに、排湯が流れ出している。
旅館でもらったチケットを料金箱に入れてなかに入る。簡素な下駄箱と狭い脱衣所だけの、洗面台もトイレもない公衆浴場。浴槽はとても小さく2畳分ほど、体や頭を洗うための設備は一切ない。「温泉にやってきた!」という気分がぐっと高まる。
浴槽の壁はすき間があり、底には湯の花が積もった白いすのこが敷かれている。高温時に加水するための蛇口はあるが、温泉を注ぐ湯口がどこにもない。湯は壁と底のすき間から絶え間なく注がれているからだ。空気に触れることなく浴槽へ湧き出るため、湯の色はほぼ無色透明。
思わず躊躇するほどの高温ではあるが、意を決して一度入ってしまえばその後は案外と心地よい。熱いながらもすっきりする独特の湯ざわり。なによりも、火孔の底で温められたこの上なく新鮮な湯をいただくという満足感。快感に浸りつつおもむろに目をこすると、突然の痛みで目が開けられなくなり「うわっ」と呻いてしまった。あまりに強力な酸性の成分がかゆかったはずの目がヒリヒリとさせてる。強酸性泉の効能恐るべし、である。