それほど高さはないものの、抜群の存在感を誇る蔵王連峰が見えた。威厳に満ちた峰々の最上部は白銀に輝いていて、いにしえの人々が畏怖の念を抱いたであろうことが容易に想像できる。
山形市を中心とする盆地から曲がりくねった道路を登るうちに、市街地が背後にぱっと開けた。思わずクルマから降りて、光に照らされて輝く無数の人工物を眺める。赤く染まりはじめた西の空には雪化粧を施した朝日連峰が浮かんでいた。「や、や、山形って美しすぎるっ」と言葉をつまらせながらふたたびクルマを走らせると、やがて山あいの集落に到着した。
かの有名な蔵王温泉だ。小規模の旅館やホテルが、雪の降り積もった急な斜面にへばりつくようにして軒を連ねている。間近に見える山の斜面から尾根に向かっていくつものロープウェーが架けられ、スノーボードを担いだ金髪の外国人が目の前を通り過ぎていった。集落を流れるいくつかの川、そして通り沿いの水路から湯気がもうもうと立ち上がっている。雪解け水が水路を勢いよく流れる音と鼻につく硫黄の匂いが、日本有数の温泉街にやってきたことを知らせてくれた。
蔵王温泉は、蔵王連峰西側山麓の標高880メートルに位置する温泉地。西暦110年ごろ「日本武尊(やまとたける)が東征の際、従軍した吉備多賀由(きびのたがゆ)に毒矢が当たり苦しんだが、温泉を発見して入浴したところ全快した」という伝説が残されている。開湯1900年という真偽は別として、古い文献や資料からもその存在は記されてきた歴史ある温泉地であることは間違いない。昭和のスキーブーム以降は国内有数のスキーリゾートとして発展した。ゲレンデの規模と雪質のよさ、そして世界的に見ても稀な樹氷を間近で見られることからスキーヤーとスノーボーダーの聖地として今日にいたる。
周囲を見渡すと、三方は山に囲まれていて、西の方角だけが開けている。それは有史以前に竜山という大火山が大爆発を起こして、土石流を西側に押し流したためらしい。見るからに断崖の絶壁のような形をした現在の竜山は北側に残された火口壁と考えられている。蔵王温泉は東西3キロメートル、南北4キロメートルほどの火孔の底に位置している。5つの源泉群と47の源泉を持つという温泉天国は、言いかえれば、大量の温泉を蓄えた水がめの表層に位置している、とうことになる。