務めていた会社に入社する時点で移住したいと告げていたこともあり、社長から「やることをやってくれればいい」と言われていたため、最初の2年間はリモートワークでアウトドアギアのデザインとプロダクションマネージメントの仕事を続けた。その間に、上富良野に元ペンションの物件を見つけて購入を決め、2016年12月に引っ越した。その家は高台にあり、望月さんの工房からは大雪山・十勝連峰とどこまでも続く空が一望できる。そして、車で1時間も走れば本格的にフライフィッシングができるポイントがいくつもあった。
夜は子どもと一緒に早く寝て、深夜の2時、3時に起きて竿を作り、日中は会社員として仕事をしていたが、そのうちに「師匠は24時間、釣りと竿のことだけを考えているのに、自分は半分。どんどん差が開くだけ」と感じるようになった。会社の仕事も、当時、リモートワークは異例の特別扱いで、社内でも浮き始めたように感じたこともあり、「ぜんぜん軌道に乗っていないけど、竿一本で食っていこう」と決意。2017年4月、専業のバンブーロッドビルダーになった。
それ以来、望月さんも24時間、釣りと竿のことだけを考える生活に変わった。会社員をしていた時間は、フィールドでの釣りの時間になった。日が昇らないうちから竿を作り始めて、日中は竿のテストを兼ねて釣りに行く。そこには、ヘンリーズフォークに勝るとも劣らないような20インチ級の魚たちが待っている。本州にはなかなかないような質の高いフィールドに毎日のように釣りに行くことで、望月さんのバンブーロッドは進化の速度を上げた。
フライフィッシングにはおおよそ1800年を超える歴史があり、数々の銘竿が生まれてきた。その構造やサイズなどのデータは公開されていて、数字の通りに作ればほぼ同じ竿ができる。しかし、それではコピーに過ぎない。専業のバンブーロッドビルダーとして価値を高めるために、望月さんはオリジナリティを追求してきた。
「フィールドに毎日のように出て、魚を獲って、こうじゃないああじゃないって数値を導き出す。誰よりも釣りと作業に時間を費やすことが僕のオリジナリティに繋がり、それが価値になると思っています」