青森ではすべてのことが目新しく、いろんな人に会って話を聞くのも楽しく、このままずっとこの町にいたいな、と思うほどだったが、困ったことも出てきた。リサーチを進めていると、なぜか、だんだん眠れなくなってきたのである。
作品を練っている真っ最中は、頭の中に常にたくさんの情報が溢れている状態で、整理できなくなってくる時がある。いい作品を作らなければ、という自分へのプレッシャーもある。たぶん脳が興奮状態になっているのだろう、夜中に目が冴えてしまうのだ。
それに、これは贅沢すぎる悩みなのだが、この広くてすばらしい安藤建築の宿泊棟にたったひとりで滞在しているのも、眠れない原因のひとつだった。昼間でもしーんとした宿泊棟を囲む森は、日が落ちると漆黒の闇になる。「いま私はここでたった一人なんだ」と思うとなんとなく怖いのだ。(実際には少し離れた創作棟に、宿直の警備員さんがいるのだけど……)
まったく眠れないとなると、制作に支障が出てくる。これはなんとかしなくては……、と私は必死に考えた。
それで日が暮れると気が滅入ってしまうような時には、迷わずホテ山に「今からシャバに降りてもいいですかー?」と電話することにした。ホテ山は街中に立っている。つまり、ACACがある山から街(=シャバ)へ降りるので、今夜は泊まらせてください、という意味だ。ふだん山の中にいると、たまに町へ降りるだけのことが最大の娯楽になるのである。「シャバ」に降りると当日夕方連絡の素泊まりのはずなのに、結局はホテ山でお父さんの手作りご飯まで食べさせてもらえる……という、夢のような外泊であった。
お世話になったのはホテ山だけでない。キュレーターの村上さんはじめACACのスタッフのみんなも、知らない街で活動するのは大変だろうと、こまごま気を遣ってくれていた。とりわけ面倒を見てくれたのが、ACACの受付、小笠原さんだ。自宅へランチに招待してくれたこともあったし、美味しいケーキ屋やラーメン屋、それに地元の人でなければわからないような、採れたてのウニが食べられる穴場の店などに連れて行ってくれるのだった。
滞在も終盤に入ったある日、ひとりのアーティストが宿泊棟にやってきた。今年の夏にACACで展覧会を行う彫刻家のしまうちみかさんだ。あまり口数が多くなく、小さな体で黙々と彫刻をつくる彼女のことを、すぐに「いいな!」と思った。
こうして、しまうちさんやみんなと話しているうちに「ああ、きっと私は仲間に飢えていて、寂しかったのかもしれない」と思った。誰かのおうちでご飯を食べさせてもらったり、しまうちさんと作品について語り合っているうちに、私はまた、だんだん眠れるようになっていった。
「人間て、単純だ。一人より、周りにたくさん人がいる方が、やっぱりうまく回るようにできてるんだわ」と、私はしみじみ思った。