未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
188

『旅の思い出』編 船乗りたちの栄枯盛衰物語 江戸時代から続く「宿根木」を歩く

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.188 |25 June 2021
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#7海に出る、世を捨てる

海岸まで歩くと、「高台に行けば上から屋根がみられますよ」と声をかけてくれる人がいた。じゃあ、行って見ようかと地図を見ていると、観光案内所の人が「あの道をまっすぐ言って、階段を登るといいですよ」と教えてくれる。「あの道」とは、集落の中心を通るメインストリート。ただ、とても細い道なので全くメインストリートには見えないけれど。 「ありがとうございます!」と言いながら進むと、通りの名前には「世捨小路(よすてこうじ)」とある。

えっ! 「世捨て」ってどういうこと!?と思い、また案内パネルを読む。

  名前の由来ははっきりしない。なんとも妙な名前の通りである。宿根木に入るのは海からの道が一般的であり、海岸から村の奥にある神社、お寺へ向かう人々は必ずこの世捨小路を通った。逆にお寺から出た霊は、この小路を通ることで村との別れを告げるのである

まだ道路が整備されていない時代、宿根木の集落への玄関口は海だった。海から集落に入ると、すぐにこの道が現れた。だから、外から来る人も外に出て行く人もこの狭い道を通った。

動力エンジンのない時代、船乗りたちは大きな帆を張り、風や波とともに旅していった。そうして、使いきれないほどの富を持ち帰る者もあれば、海の藻屑と消えていった人もいただろう。だから、この道を通り、海に出ていくことは、ある意味で世を捨てるのと同じだったのかもしれない。

私たちは、アドバイス通りに、長い石の階段を登り、高台に出た。 目前には素晴らしい絶景が広がった。

かつて女性たちが必死に葺き替えてきた美しい屋根の連なりが見え、その先には砂浜と青い海が見えた。谷間でぎゅっと肩を寄せ合うような集落は、別の言い方をすれば日本の歴史がぎゅっと詰まったような場所だった。

とはいえ、実はいまも宿根木には160人ほどの住人が暮らしている。
栄枯盛衰を生きた船乗りたちの子孫である。
この街はテーマパークなどではなく、いまも人間の営みがひっそりと息づいている。
だから、都会からやって来た私にとってはタイムトラベルしたような場所ではあっても、実はタイムトラベルでもなんでもなく、過去と現在をつなぐトンネルのような存在なのかもしれないなと思った。

住民が手入れする草花が路地を彩る
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