未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
186

『旅の思い出』編 海岸線を東から西へ 鳥取の写真集を作る旅

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.186 |25 May 2021
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#5ゴロゥちゃんと倉吉の町

時々は海から離れた町に行くこともあった。少し内陸に入った倉吉という町のはずれに、私が住む茨城の知り合いが引っ越したばかりで、一度訪ねてみたかったのだ。その彼女はとてもすてきなイラストレーターで、いつも本当の名前を忘れてしまうのだが、ペンネームを「ゴロゥ」というのである。

そのころ、ゴロゥちゃんは地元を離れ、倉吉の山里で古い一軒家を買って、たったひとりで猫2匹と住んでいた。訪ねてみると周りに家がほとんどない、本物の田舎である。夜になると、ヒョーヒョーと鳴く鳥の声があたりに響いて、とても寂しいところだった。

「ぬえどり」っていうんだよ、とゴロゥちゃんは静かに教えてくれた。

「ぬえ」って、確か昔話に出てくる化け物のことじゃないか……? と私は思った。「ぬえどり」とは、どうもトラツグミという鳥の方言らしい。とにかく静かな古い家で夜、化け物のような鳥の啼き声を聞いていると、「私ならここで一人では、寂しくてとても暮らせない」と思った。

だが、茨城で会うゴロゥちゃんと倉吉にいるゴロゥちゃんは、なにも変わってなくて、それもなんだか不思議だった。

倉吉の町は赤い瓦の古い建物が連なる街並みが有名だ。温泉も多く、ゴロゥちゃんが古い小さな共同浴場に連れて行ってくれて、昼間から町のおばあさんたちと一緒にお風呂に入った。

この町に特別に好きな店がふたつある。ひとつは「山陰民具」という骨董屋さん。江戸時代に建てられたという建物の店は、骨董好きには知られた存在らしい。それまで骨董にさほど興味がなかった私だけど、ここで江戸時代の器を少し買って帰ってから、いつの間にか骨董品を集めるようになって今に至る。

もう一つはそのすぐそばにある、ゴロゥちゃんオススメのコーヒーとカレーのお店「夜長茶廊」。政宏さんと綾子さんという、優しくておしゃれな夫婦がやっていて、いつも良い音楽が流れ、それを聞いているうちに出てくるカレーやコーヒー、デザートがどれも本当においしいのだ。今もふと、あの店のカレーが無性に食べたくなる。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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