未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
185

『旅の思い出』編「センス・オブ・ワンダー」と出会う旅 全国の野外芸術祭を巡ってきた20年間

文= 小野民
写真= 小野民
未知の細道 No.185 |10 May 2021
この記事をはじめから読む

#53歳児、全身でアートと呼応する

「上郷バンドー四季の歌」は少し不気味な自動人形が音楽を奏で、子どもの目が釘付けに

2018年、再びの大地の芸術祭。途中、よく一緒に旅をしている子連れメンバーと一部の行程を共に過ごしたり、また別の一家と落ち合って廃校を利用した宿に泊まったり、登場人物が多い旅を楽しんだ。

完全に子どものペース、子どもの目線の旅。でも作品と向き合う時は、自分の心が開いて、何かに触れる気がする。日々の暮らしの慌ただしさの中で、なんとか生活していると、自分の範疇以外から何かがやってきて心に直に触れるような感覚はなかなか訪れない。そういう「何か」が欲しくて、私たち大人は非日常に足を運ぶのかもしれない。

レイチェル・カーソンの著作に『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)という大好きな本がある。幼い甥が自然の中で「神秘さや不思議さに目を見はる感性」で振る舞うさまを暖かい眼差しで綴った本。幼い頃には誰もが持っているセンス・オブ・ワンダーをなくさないで欲しいという願いが込められている。もしかしたら私はすり減らしたセンス・オブ・ワンダーに再び出会いたくて、芸術祭に向かうのだ。

引っ張ると音が鳴る仕掛けがたくさん施された古民家で遊ぶ

自然の中はもちろん、このセンス・オブ・ワンダー発動スイッチを、アートが押す。そうしっかりと自覚したのは、我が子も周りの子どもたちも、さまざまな作品を前にして、表情豊かに喜びを表現するのを見るようになったからだ。そのアートの楽しみ方は、大人よりよっぽど堂にいっている。

2019年の大地の芸術祭の私的ハイライトは「磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]」でのこと。「フローティング・スカルプチャー2018」の前に立った子は、自然とパラシュートの動きに呼応しだした。下から吹き上がる風をはらんで膨らむのに合わせて体をむくむくと伸ばしていき、風がやんでしゅーっと萎んでいく様子を真似て、身を縮めていく。また風で舞い上がると歓声とともに体を伸ばし……。

私は、今はこんな風にアートを感じることはできない。でも、目の前で飛び跳ねる子どもを通して私は新たな感情に出会っている気がした。「全身でアート鑑賞」は子どもに本能的に備わっているセンス・オブ・ワンダーだろう。そのことに気づかせてくれる野外芸術祭に私はこれからも折に触れて出かけたい。

膨らむパラシュートの前で飛び跳ねる子の感性を、守っていきたい。

レアンドロ・エルリッヒ「Palimpsest: 空の池」

※未知の細道では、新型コロナウイルスの影響が収まるまで、ライター陣の過去の旅をつづるエッセイを掲載いたします。

このエントリーをはてなブックマークに追加

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。