あるとき、普段は自分から出かけようと言わない夫が、やたら「今年は江の島、いついく?」と聞いてくる年があった。
当時、私はシフト制の仕事をしていて、なかなか休みが合わないし「今年は行かなくていいかな」くらいに思っていたのでそう伝えても、「いや、せっかくだし行こうよ」と予定を聞いてくる。「今月中に行こう」「いつならいい?」と聞いてくる夫をよそに、やはり休みが合わず。その夏は、夫の実家であるシカゴに行くことが決まっていたので、江の島にはそのあとにした。
シカゴで過ごす夏は、とても気持ちがよかった。日本に置いてきた仕事も予定も全部忘れて、私はリラックスした日々を送っていた。
そんなある日、義母がふと「そういえば、江の島はどうだったの?」とニコニコしながら聞いてきた。はて? 江の島の話をしたっけな。どうだったも何も、今年はまだ行ってない。
夫を振り返ると、ものすごい顔で義母を見ていた。その顔を見てハッと口をつぐむ義母。その二人の表情を見て、私はすべてを悟ってしまった。夫は今年、江の島でプロポーズするつもりだったのだ。そして、その嬉しい報せを持って実家に帰りたかった。だから、あんなにも「江の島に行こう」と急かしてきていたのだった。
「いや、なんでもない」と急にごまかそうとする義母と夫を見て、ものすごい笑いがこみ上げてきたのを今でも覚えている。そうか、私はこの人たちと家族になるんだ。
帰国後、私たちはちゃんと予定通り、江の島にやってきた。私は「今日プロポーズされるんだ」とわかっていたし、夫は「私がプロポーズされると知っている」と知っていたから、なんだかおもしろいデートだった。なんなら、二人で「どこにしようか」と、プロポーズに良さそうな場所を探したりした。
結局、初デートでも訪れた「恋人の丘」がいいのではということになり、高台へ。海を見ながらのプロポーズかと思いきや、結構人がいたのでさらに森の奥のようなところまで進み、木々が生い茂る薄暗い森のなかで、無事にプロポーズを受けた。
夏の湿気た森の奥。白いズボンを履いていた夫は「汚れるからひざまずくのはやめるね」と言うし、私は飛び回る蚊が気になって集中できないし、いろいろな意味で忘れられないものになった。