ちなみに現在の宿・真鶴出版は、初期の頃の自宅とはまた別の場所である(だから「二号店」とも呼ばれる)。背戸道に囲まれた古い民家を見つけ、クラウドファンディングで資金を集め、「真鶴らしさ」とはなにかを模索しながらリノベーションした。
一階と二階にそれぞれ一部屋ずつ。最大でも二組しか泊まれないが、「それくらいがちょうどいい」とふたりは言う。
「小さくやることの魅力は、こまわりがきくことですね。ふたりで考えたことをその場で話して、すぐに出版のやり方や、宿の運営に反映させることができます。意思決定に関わる人が自分たちだけだから早いんです」
こうして、今年で6年目を迎え、自宅での民泊時代も含めると600人近い人が泊まりにきた。じゃらんなどの予約サイトには登録していないが、ほとんどの日は予約で埋まる。
ちなみに真鶴は、一般的にいう「有名な観光地」ではない。2014年には「消滅可能性都市」に、2017年には神奈川県で初の「過疎地域」に指定された。多くの地方都市と同様に、街なかや商店街には空き家や空き店舗も目立っている。
一見すると、やや寂しげでもあるそんな場所に、ひとはなにを求めてやってくるのだろうか。
「お客さんは、本が好きな方が多いです。自分でお店を始めたいという人も来ます。うちは宿だけではなく、出版活動や独自の発信をしているおかげで、自分たちと波長があう人がたくさん来てくれます。おかげで毎日楽しく旅行している気分なんです」(友美さん)
地に足がついた頼もしい言葉だなあと思う。ふたりは自分たちが何を世に提供しているのか、よくわかっている。川口さん、友美さんと同じように、人生や幸せの形を模索しながら、ほんの束の間、自分らしい時間を探しにやってくる人に、扉を開いているのだ。
「真鶴にくる人のなかには、都会で体調を崩した人や、大きい歯車の一部じゃない場所でもの作りをしたい、という人も多いです。たぶん大きい歯車というのは、だんだん無理が出てきているのではないでしょうか。また、小さい規模のお店や宿をやっている人もたくさん遊びに来てくれますね。そういう人たちと地域を超えて繋がっていけるのは面白いです。それぞれのお店は小さいんだけど、結果的には大きな繋がりになっていく。これからアマゾンのように全てが巨大化していく流れが世界にはあると思うんですが、それとは別に小さく(商いを)やっている人たちのコミュニティもまた増えていくろうし、そうなってほしいと思います」(川口さん)