未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
146

「わくわく!」で世の中を照らす
「美術館らしくない美術館」
猪苗代 はじまりの美術館

文= 川内 有緒
写真= 川内 有緒、はじまりの美術館(一部写真提供)
未知の細道 No.146 |25 September 2019
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#5脱サラしたサラリーマンのように

作品《はし》で私が仰天したように、スゴい作品を目にして、障害者に対する目が変わる人もいるという。
「だから、美術館をはじめた当初は、障害のある方の作品を見てもらうことで、障害者のイメージを向上できるのではないかと、アートをイメージの転換装置のように見ていた時もありました」
でも……と岡部さんは慎重に言葉をつないだ。
「こうして開館から5年が経ってみると、自分たちがアートに惹かれるのは、全く別の軸だなと思うようになったんです」

なるほど、その別の軸とは、いったいなんだろうか?

「それは、みんなが生まれつき持っている表現の力です──。それこそが大事で、『表現の力』には障害のあるなしは関係ないのです。ここでは、障害の有無は関係なく一緒に作品を展示し、鑑賞してもらうことで、むしろ『障害とはなにか』を考えるひとつのきっかけになるのかなと思うようになりました」 
私はひとつひとつの言葉にめちゃくちゃ力強く頷いた。私たち人間社会では、「障害者」「外国人」「おばさん」「サラリーマン」など、やたらと人間をカテゴリー分けしたがる。こういったカテゴリーは分かりやすく便利な一方で、言葉自体がイメージを生み出し、固定化してしまうという不自由さもある。
本来、道具としての「言葉」が生み出す先入観や偏見をいかにしてなくせるか。それは古今東西、人間社会における大きなチャレンジである。
この美術館は、カテゴリーという境界線を踏み越えながら、「表現する力」で世の中を照らそうとしているように見えた。

館長・岡部さん「美術館を始める前は、美術館がどういうものだか想像ついていなかった」と語る。

それにしても、障害者の生活支援員から美術館の館長に転身って、まったく異なるスキルが必要なんじゃないですか。そう突っ込むと、岡部さんは照れたような微笑みを浮かべた。
「ある人に言われたのは、脱サラしたサラリーマンが(修行も積まずに)いきなりラーメン屋を開店するのと同じだよねって。美術館を始める前は、単に箱があって、管理する人がいて、作品が展示されていればいいんだろうって思っていました。実際には、作品を見つけたり、借りる交渉をしたり、広報もちゃんとしないと見にきてももらえないし。美術館がなんたるかがわかっていたら、手を出してなかったんじゃないかな!」

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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