そんな話していると、アルプスピクチャーズに、一人のお客さんがやってきた。 精神科の医師、鬼頭恆(きとうひさし)先生だ。チェリストでもある鬼頭先生は、『よみがえる安曇野』の音楽を担当している一人だ。映画のメイキング映像にも、鬼頭先生と妻の沙織さんが演奏する様子が収められている。
映画の収録に参加した感想を聞いてみると、「自分の演奏が映画に使われるなんて貴重な経験でした。演奏会での緊張とは、また違いましたしね」と鬼頭先生。
「それにいまでは、この町では、毎週のように鬼頭さんのチェロが鳴り響いているわけですしね」と大輔さん。
どういうことかというと、安曇野市では、地域の集会などに対して「協働のまちづくり出前講座」を行っている。約90もある講座メニューの中で「よみがえる安曇野」を上映する講座が、ダントツの人気で、年間50回ほど開催されているそうだ。つまり安曇野市では、ほぼ1週間に一度、町のどこかで「よみがえる安曇野」がかかっているわけだ!
鬼頭先生と「地域映画」の関わりは、音楽の収録だけではない。それは鬼頭先生の専門である認知症の治療にもつながっている。
安曇野周辺は長寿の地域としてもよく知られているが、それゆえに認知症などの患者も多いという。認知症は、いまだ確たる治療法や特効薬もなく、根本的に治すことができない病気だ。
「治すことは不可能でも、その患者に合った生活を支援するのが僕らの仕事なんです。そのなかでも回想を通して、脳を活性化させ、生活を豊かにする効果がある治療があります。それが『回想法』です」
「地域映画」をみて、昔のことを思い出し、いい時間を過ごす。それがそのまま認知症の治療になる、ということなのだ。
地域映画による回想法は、大輔さんが「この映画を、回想法で役立てられないでしょうか?」と鬼頭先生に相談したことから始まった。その後、鬼頭先生を通して、先生が勤務しているあづみ病院や、周辺の介護の現場で回想法として採り入れられているのだという。
「古い映像を使った芸術作品を見て、記憶をよみがえらせることは、人生を振り返ることにつながる。それは心理発達に必要なことであり、それがお年寄りの人生をまとめるための手助けになっていくのです」と鬼頭先生は教えてくれた。