今日のパフォーマーは、エアリアル・シルク(空中芸)のチェルシーさん。とても小柄な女性だ。
1階と2階から観客が見守るなか、彼女は音楽が始まると同時に、ぱっと軽やかに布に飛びついた。そして、あっという間に布を体に布に巻きつけながら這い上がり、踊るようなリズムで自在に体を動かしていく。まるで羽が生えた鳥のようにしなやかな動きに、観客の目は釘付けになった――。
わあ、すごい、すごい。
二階と一階の階段を行き来しながら、私は大興奮でシャッターを切った。こんなに至近距離でサーカスの空中芸が見られるなんて――本当にすごくないですか!?
ショーが終わると、チェルシーさんは帽子を持って客席を周り、投げ銭を集めた。帽子のなかにはたくさんの千円札が入っている。同じく2階から見ていたサラリーマンは、だいぶ迷いながらも五千円札を、えいっ! と帽子に投げ込んだ。さすが大道芸が生まれた場所だ。いまや大道芸の文化が、このお店……、いやこの町全体に根付いているのを感じる。
いや、大道芸だけではない。この街には、自分らしい表現を追求して生きる喜びや、それを応援する幸せ、そして、文化や芸術というものが放つ自由闊達な雰囲気が渦巻いている。それは、時として息苦しい都会の平日の夜に、とても、とても必要なもののように思うのだ。
野毛から始まり、いまや日本中に広まった大道芸――。
それは70年代にフランスに暮らしたひとりの男から始まった。
あの日————。
お客さんがみんな逃げ出してしまったあの日から、35年。大道芸を取り巻く環境や時代は大きく変わったけれど、イクオさんは相変わらず次の夢を見ている。
「いつか野毛で一年中大道芸やパフォーマンスが見られるようになるといい。それが芸人にとっては本当に一番いいことなんだ」
実現すれば、野毛という街全体が、終わらないサーカス劇場みたいになるのだろうか。
むちゃくちゃ楽しそうじゃないか。さあて、そんな日はいつ来るだろう?
それは分からないけれど、今日の私たちには、「野毛大道芸フェスティバル」や「うっふ」がある。それはそれで、十分に幸せなことのように思うのだ。