未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
134

あの日、寂れた街が劇場になった!

イクオさんが野毛・大道芸とともに歩んだ30年

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.134 |25 March 2019
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#9私たちには野毛がある

パフォーマーのチェルシーさん。

 今日のパフォーマーは、エアリアル・シルク(空中芸)のチェルシーさん。とても小柄な女性だ。
 1階と2階から観客が見守るなか、彼女は音楽が始まると同時に、ぱっと軽やかに布に飛びついた。そして、あっという間に布を体に布に巻きつけながら這い上がり、踊るようなリズムで自在に体を動かしていく。まるで羽が生えた鳥のようにしなやかな動きに、観客の目は釘付けになった――。
 わあ、すごい、すごい。
 二階と一階の階段を行き来しながら、私は大興奮でシャッターを切った。こんなに至近距離でサーカスの空中芸が見られるなんて――本当にすごくないですか!?

 ショーが終わると、チェルシーさんは帽子を持って客席を周り、投げ銭を集めた。帽子のなかにはたくさんの千円札が入っている。同じく2階から見ていたサラリーマンは、だいぶ迷いながらも五千円札を、えいっ! と帽子に投げ込んだ。さすが大道芸が生まれた場所だ。いまや大道芸の文化が、このお店……、いやこの町全体に根付いているのを感じる。

 いや、大道芸だけではない。この街には、自分らしい表現を追求して生きる喜びや、それを応援する幸せ、そして、文化や芸術というものが放つ自由闊達な雰囲気が渦巻いている。それは、時として息苦しい都会の平日の夜に、とても、とても必要なもののように思うのだ。

 野毛から始まり、いまや日本中に広まった大道芸――。
 それは70年代にフランスに暮らしたひとりの男から始まった。
 あの日————。
 お客さんがみんな逃げ出してしまったあの日から、35年。大道芸を取り巻く環境や時代は大きく変わったけれど、イクオさんは相変わらず次の夢を見ている。

 「いつか野毛で一年中大道芸やパフォーマンスが見られるようになるといい。それが芸人にとっては本当に一番いいことなんだ」

 実現すれば、野毛という街全体が、終わらないサーカス劇場みたいになるのだろうか。
 むちゃくちゃ楽しそうじゃないか。さあて、そんな日はいつ来るだろう?
 それは分からないけれど、今日の私たちには、「野毛大道芸フェスティバル」や「うっふ」がある。それはそれで、十分に幸せなことのように思うのだ。

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未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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