そんな大道芸の発展の裏で、イクオさん自身も3軒のユニークな店を野毛に開いているので紹介したい。
まずひとつは、30年の歴史を誇る「ル・タン・ペルデュ」。一年中ジャズやボサノバなどの生演奏が聞けるベルギービールのバーだ。私が行ったこの日も、ピアノとベースにあわせた女性のボーカルが心地よく響き、店内は大勢のお客さんでごったがえしていた。演奏が終わると、女性は少しはにかみながら帽子を手に投げ銭を集めていた。
「日本ではなかなか劇場に足を運ばないですよね。だから理想ばっかりを掲げて劇場をつくっても、だいたいダメになっちゃう。でも、日本人はお酒にはお金を使うでしょう。だから芸も観られる飲み屋を作りました。あれからもう30年!」
二つ目のお店は、サーカス用品の専門店「むごん劇かんぱにい」。「ル・タン・ペルデュ」と同じビルの2階にある。 そして3軒目が、冒頭に出てきた「博物館Café & Barうっふ」である。開店からまだ4年目で、野毛では比較的新しいお店だ。
「やっぱりサーカスが本業ですから、サーカス・ショーをやる店をずっとやりたかった。『ル・タン・ペルデュ』は狭いからサーカスはできないし。そうしたら、ある日ちょうど天井高がとれる物件を見つけて、一棟まるごと借りて、2階の床の一部をぶち抜いて、空中ショーもやれるようなバーに改装しました」
店内には巨大な教会のステンドグラスやオルガンなど、イクオさんが世界で買い集めてきた様々なものが空間を彩り、不思議な多国籍感を演出する。
「周りのひとたちにも、普通は、70歳近くなって新しい店なんか始めないよって言われたんだけど、おれ、トシ関係ないから、やるときやっちゃう!」
というわけで、ここでは日々サーカス・ショーが繰り広げられている。ショーのメニューには、ジャグリングやダンス、パントマイムにポールダンス、そして、なんと綱渡りも!
「本当はもっといろいろな“空中モノ”をやりたいんだけどね。『シルク・ド・ソレイユ』に出てくるようなの! でもこの店は奥行きがないから限界があるんだよなあ」とイクオさんは少し残念そうに言う。そんな話をしていると、「うっふ」のステージタイムが始まった。