イクオさんたちが入学したのは、「ピノック&マト」という女性二人で運営している演劇学校だった。
「学校に入るなり『あなたたちの芸を見せてみろ』って言われて、今までやってきたネタを披露しました。それまでプロとしてテレビに出てたからさ、ある程度はできるわけ。そしたら『わかった。あなたたちには教えることがない』って言うんだよー。しかも、『実は私たちはもうすぐアフリカに公演に行くから、あなたたちが代わりに授業を教えて欲しい』って」
えー!なんて適当な!
しかし、これも何かの経験になるかもしれないと、イクオさんはフランス人の生徒40人を前に必死でパントマイムを教え始めた。
「それがさ〜、全然バカにされちゃって言うこときかないの! だってフランス語わからないからさ。コムサ〜、コムサ〜(こんな感じ)って、やって見せるんだけど、誰も真面目にやってくれない! 先生たちが帰ってくるやいなや、『もうこんなのヤダ!』って言ったよね」
住み始めた家も、ずいぶんひどかった。場所は、モンマルトルの丘のふもと。その語感にはなんとなくロマンチックな雰囲気が漂うが……。
「屋根裏部屋で、ノミの館。どうも前に住んでいた人が動物を飼っていたみたいで。めちゃくちゃ虫に食われて。ノミとダニとナンキン虫。もう最悪。シーツにたくさんノミが落ちてるからセロテープで取りながら寝てました」
苦労しているうちに一年が経ち、日本に戻る時期がやってきた。
「日本に帰るって先生たちに言ったら、突然二人が『このままフランスに残って我々と一緒に作品を作ろう!』って言い出して」
なんて気まぐれなんだろう! 私だったら、そんな適当な人々に振り回されたくないと思ってしまいそうだが、イクオさんは、「それもいいかも」と思ったようだ。「泊まるところや生活費を保証してくれるなら」と掛け合うと、「心配ない」と二人は言う。
「一度日本に戻って、当時の恋人(現在の妻)に『今度は長くなるかもしれない』って話して。片道切符を買ってフランスに戻りました」
そこからフランスでの活動が始まり、サーカス一座さながらにフランス全土を旅しながらパフォーマンスを披露し続けた。