チャイムを押すと、「こんにちは~」とスタッフの安 憲永(アン ホンヨン)さんが迎えてくれた。安さんは韓国で僧侶になった後、日本にある韓国の寺院に派遣される形で来日した。今は「もっと仏教を勉強したい」と日本の大学院に通っていて、縁あって漫画図書館ではオープンした日からスタッフを務めている。
ちなみに、多聞院の近くにある観智院の23世住職で、多聞院の住職を兼務し、図書館長も務める土屋正道さんはその日不在だったので、インタビューは翌日に予定していた。
安さんが、流ちょうな日本語で多聞院のなかを案内してくれる。玄関の正面にあるのが漫画のある部屋で、玄関から入って右手には仏画がかけられ、木魚が置かれた「本堂」がある。安さんに「木魚、叩き放題です」と言われて戸惑った。木魚で遊んだら罰が当たりそうな気がしない? でも許可されているのだから大丈夫だろうと試しに2、3度叩いてみたら想像以上に快音がして気持ちいい。
この部屋では、写経や写仏も無料で体験できる。僕はなんでもやりたがりなので、初めての写経、写仏に挑んだ。やり方は簡単。お手本の上に薄い紙を敷いて、筆でなぞるだけだから誰でもできる。でも、感想を一言でいえば、意外なほどに難しい。集中していないとすぐに筆がぶれて、無様な字やラインになってしまう。
もともと不器用なうえに気が散りがちな僕にとって、お手本をきれいになぞるという作業自体が思いのほか難関だった。でも、適当にやったら意味がない気がして、途切れそうになる集中力と気持ちをなんとか保つ。
仕事とは関係のない場所、行為でこれほど集中することがあっただろうか? いや、ない。写経、写仏ともに最後まで終えると、はっきりとした達成感があり、頭がすっきりした。妙に線が太い僕の写仏を見た安さんは「力強い感じがします。個性的ですね」とにっこり笑って褒めてくれた。劣等生が先生に褒められようで、恥ずかしいけど嬉しかった。