「少し前に泊まりに来てくれた若いカップルは、自然農の講座に参加してくれて、大根の種を蒔いてもらったんです。そのあと注文してくれた野菜セットには、その大根を入れて送りました。すごく喜んでくれたし、私たちも農家民宿をやっていてよかったと思えます」(藤巻さん)
「農家をしていて矛盾しているようだけれど、究極をいえば、農家はなくなればいいと思っているんです。いろんな技術も大事だけれど、基本的には種を蒔けば野菜は育つし、誰でもできること。たとえ見た目がいびつでも、自分や家族が食べる分の野菜を育てられれば楽しいじゃないですか。ゆくゆくは、そのちょっとしたコツみたいなものを伝えていきたい。そうすることで、自分で食べる野菜は自分で育てるということを楽しめる暮らしが、当たり前になっていけばいいなと思っています。」(古川さん)
農家民宿では、見るだけじゃなくて体験する旅ができる。自分の生活の場までしっかり持ち帰れるものがあることが、すごく魅力なのだと思った。
家に帰ってから、私は背筋を伸ばして食材を切るようになった。すぐに背中は丸まってくるのだけれど、「いけない、いけない」と体を整える。切り落として捨てていた部分をしっかり洗って食べたり、新鮮なうちにおひたしつくったり。小さなことだけれど、そのていねいさは、私の暮らしをすこし安心させてくれている。
そして、家の小さな庭に、豆の苗をいくつか植えてみた。野菜を育てる場やその考え方、種のこと、「自然」と真正面から向き合う農家のあり方を垣間見せてもらえたことは、あまりに自然と遠いところにいる自分をほんの少し自然に近づけた。
人は自然と離れては暮らせない。自然の成分が足りないとき、アウトドアもいいけれど、人と自然の間にある「農」に触れる農家民宿旅もぜひ体験してみてほしい。