未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
108

〜ギターの森へようこそ〜

森の奥のギター・リペアマン

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.108 |25 February 2018
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#4看板のないギター工房

「ソーンツリー」は、看板も上げてない上に、実は公式サイトもない。唯一の宣伝はフェイスブックのみ。今時、客商売してる人としては、とても珍しいことだろう。
「本当は、インターネットをもっと活用すればいいんでしょうけれど、メールのやりとりだけでは、ギターの修理のことは、なかなか互いに伝わらないんですよね。そんなこともあって、できるだけお客さんと直接会って話して仕事したいから、インターネットでのやりとりは、なるべくしないで済むようにしているんです」と苦笑いしながら、その理由を教えてくれた。

 埼玉にいた駆け出しの頃は楽器店から回ってくる仕事も多く受けていた、という斎藤さん。でも直接お客さんと話さないで受ける仕事は、お客さんに仕上がりを納得してもらえないことも度々あったという。
 ギターを修理してまで使い続けたい、という人にとって、その楽器はとても大切なものだ。だから他人から見れば大したことのない故障でも、持ち主にとっては気になることもよくある。「だからこそギター・リペアという仕事は、最初にお客さんと修理の工程や仕上がりのイメージについて、直接よく話し合うことが大事なんです、例えるならカウンセリングに近いかも」と斎藤さんは語る。
 店を構えてからは、楽器店で仕事を請け負っていた時のようなすれ違いもほとんどなくなった。

 こんなふうに森のなかで、宣伝もほとんどせずに、ひっそりと営業しているように見える「ソーンツリー」だけど、実は斎藤さんは月に10本から15本も持ち込まれるという修理待ちのギターを常に抱えていて、日々忙しく働いている。
 なぜなら、ムチャな依頼でも断らない、という斎藤さんのポリシーと丁寧な仕事ぶりは、いつしかギターを愛する人たちに広まり、ネットの口コミや噂を聞きつけたお客さんたちは、どこからか連絡先を探し出し、ここまでギターを抱えてやってくるからだ。
 斎藤さんへの修理の依頼は、近隣のみならず、全国からやってくる。最も遠いところでは、カリフォルニア在住で帰国する時にはいつもソーンツリーへ訪れるというお客さんもいるほどなのだ。
 さらに公式サイトを持たないソーンツリーを宣伝するべく、代わりに紹介サイトを作ってくれたお客さんまでいるという。ここまでいくと、お客というより、もはやファンのような存在なのかもしれない。「ありがたいことですよね」と斎藤さんは言う。

 そんな斎藤さんの1日は朝10時半くらいから、お客さんの持ち込みを受け付けることから始まる。そうして、お客さんを受け付ける合間に、すでに預かっているギターの修理をやりながら、夕方の6時くらいまで過ごす。夜しか来られないお客さんのために8時くらいまで工房を開けているときもある。「時間も定休日も特に決めてはいないんです」と斎藤さん。時間ができれば近所の小川まで、ふらりとバス釣りに出かけることもある。
 週に数人ほど、週末は多い時で5、6人のお客さんが、ギターを見てもらいに、ここまで訪れるのだという。

 腕が立ちさえすれば、たとえどんな辺鄙な場所であろうと、店を開くのには関係ないんだなあ、と私は思ったのであった。

釣りが好きな斎藤さん。木工の技術を応用してなんと自分用のカヌーまで作ってしまう!


未知の細道 No.108

未知の細道のに出かけよう!

こんな旅プランはいかが?

ギター・リペアの世界に触れる旅プラン 日帰り

予算の目安5000円〜

最寄りのICから【E6】常磐自動車道「柏」を下車
1日目
ギター工房「ソーンツリー」Facebook
住所:千葉県柏市手賀1536-1 電話:04-7191-9797)へ。
ギターを始めとする、さまざまな弦楽器の修理・製作を行っている。楽器の相談のほか、見学もできるので、ギター製作のハイレベルなテクニックの世界に触れてみよう!
見学後は周辺の森や手賀沼を散策。手賀沼や近隣の小川にはバス釣りなどのポイントもある。

※本プランは当サイトが運営するプランではありません。実際のお出かけの際には各訪問先にお問い合わせの上お出かけください。

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。