「ソーンツリー」は、看板も上げてない上に、実は公式サイトもない。唯一の宣伝はフェイスブックのみ。今時、客商売してる人としては、とても珍しいことだろう。
「本当は、インターネットをもっと活用すればいいんでしょうけれど、メールのやりとりだけでは、ギターの修理のことは、なかなか互いに伝わらないんですよね。そんなこともあって、できるだけお客さんと直接会って話して仕事したいから、インターネットでのやりとりは、なるべくしないで済むようにしているんです」と苦笑いしながら、その理由を教えてくれた。
埼玉にいた駆け出しの頃は楽器店から回ってくる仕事も多く受けていた、という斎藤さん。でも直接お客さんと話さないで受ける仕事は、お客さんに仕上がりを納得してもらえないことも度々あったという。
ギターを修理してまで使い続けたい、という人にとって、その楽器はとても大切なものだ。だから他人から見れば大したことのない故障でも、持ち主にとっては気になることもよくある。「だからこそギター・リペアという仕事は、最初にお客さんと修理の工程や仕上がりのイメージについて、直接よく話し合うことが大事なんです、例えるならカウンセリングに近いかも」と斎藤さんは語る。
店を構えてからは、楽器店で仕事を請け負っていた時のようなすれ違いもほとんどなくなった。
こんなふうに森のなかで、宣伝もほとんどせずに、ひっそりと営業しているように見える「ソーンツリー」だけど、実は斎藤さんは月に10本から15本も持ち込まれるという修理待ちのギターを常に抱えていて、日々忙しく働いている。
なぜなら、ムチャな依頼でも断らない、という斎藤さんのポリシーと丁寧な仕事ぶりは、いつしかギターを愛する人たちに広まり、ネットの口コミや噂を聞きつけたお客さんたちは、どこからか連絡先を探し出し、ここまでギターを抱えてやってくるからだ。
斎藤さんへの修理の依頼は、近隣のみならず、全国からやってくる。最も遠いところでは、カリフォルニア在住で帰国する時にはいつもソーンツリーへ訪れるというお客さんもいるほどなのだ。
さらに公式サイトを持たないソーンツリーを宣伝するべく、代わりに紹介サイトを作ってくれたお客さんまでいるという。ここまでいくと、お客というより、もはやファンのような存在なのかもしれない。「ありがたいことですよね」と斎藤さんは言う。
そんな斎藤さんの1日は朝10時半くらいから、お客さんの持ち込みを受け付けることから始まる。そうして、お客さんを受け付ける合間に、すでに預かっているギターの修理をやりながら、夕方の6時くらいまで過ごす。夜しか来られないお客さんのために8時くらいまで工房を開けているときもある。「時間も定休日も特に決めてはいないんです」と斎藤さん。時間ができれば近所の小川まで、ふらりとバス釣りに出かけることもある。
週に数人ほど、週末は多い時で5、6人のお客さんが、ギターを見てもらいに、ここまで訪れるのだという。
腕が立ちさえすれば、たとえどんな辺鄙な場所であろうと、店を開くのには関係ないんだなあ、と私は思ったのであった。
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松本美枝子