未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
108

〜ギターの森へようこそ〜

森の奥のギター・リペアマン

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.108 |25 February 2018
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#3ギターのために柏にやってきた

 なぜ生まれ育った埼玉から、柏に? しかもこんな人里離れたところへ? この場所でお客さん相手の「店」をやるには、あまりにも辺鄙すぎるように思えたのだ。

 私の質問に「ギター製作、修理の作業場として物件を借りるのは、実は条件が厳しいんです」と、斎藤さんは答えた。木が素材であるギターは、削りだすときに木屑が多く、部屋が汚れやすい。そして音の調整には、かなりの音量を出さなければいけない。仕上がったエレキギターをお客さんがチェックする時は、爆音で試奏する人も多いのだ。
 何より一番の問題は塗装だ。弾く人、そしてコレクションする人の両方にとって、音だけでなく美観も重要なギターは、アコースティックでもエレキでも、美しく塗装して仕上げる。ギターはいつの時代でも、その音ともに見た目の「カッコ良さ」が求められる楽器だからだ。大切な仕上げである塗装作業だが、匂いがかなりあるので、街中や住宅街で行うのはかなり難しい。

 つまり人がいないこの環境こそが、ギター・リペアの仕事にはぴったりの場所なのだ。使い道がないから自由に使っていい、と大家さんが言ってくれたこの工房を借りて仕事をするようになってから「もう街なかには住めないです」と斎藤さんは笑って言った。「でも、ここは住まいも兼ねているから、初めて泊まった日はちょっと緊張しましたけどね」なにしろ隣の家まで400メートルくらい離れているのだという。

メインの工房の裏にある塗装専用の部屋。

 ここに暮らしていて不便なことはないですか? と尋ねると、「公共の交通機関がないので、街にお酒を飲みに行くことが減ってしまった以外は、自分にはここの生活が合ってる気がしますねえ。近くに人がいないから、風邪を引くこともないんですよ」と斎藤さんはさらりと言う。

 そんな話をしていると工房の隣の住居スペースから、ガタガタと音がする。なんだろうと思うと、斎藤さんが開けた扉から、白い生き物がするりと工房の中に入ってきた。大きな猫だ。「Q太郎って言います。楽器があるから工房には普段は入れないんですけど」
 最初は一人でここに暮らしながら仕事をしてきた斎藤さんだが、いつの間にか、この辺りの野良猫たちが居つくようになった。「特別、猫好きなわけじゃなかったんですけど、いつの間にか猫たちに取り込まれちゃった、というのが正しいですかね」と斎藤さん。これまで全く人気のないこの場所に急に現れた斎藤さんに、猫たちも興味津々だったのかもしれない。今では斎藤さんもすっかり猫好きになってしまい、このQ太郎を含めた4匹の猫を飼っている。
 そして5年前から、ここで共に過ごすパートナーにも巡り合った。斎藤さんのパートナーは会社員なので、土日だけここにきて、一緒に過ごすのだという。パートナーもここに来るようになって、猫に取り込まれちゃったみたいですね、と斎藤さんは笑って言うのだった。

取材の間、おとなしく一緒に話を聞いていた、猫のQ太郎。


未知の細道 No.108

未知の細道のに出かけよう!

こんな旅プランはいかが?

ギター・リペアの世界に触れる旅プラン 日帰り

予算の目安5000円〜

最寄りのICから【E6】常磐自動車道「柏」を下車
1日目
ギター工房「ソーンツリー」Facebook
住所:千葉県柏市手賀1536-1 電話:04-7191-9797)へ。
ギターを始めとする、さまざまな弦楽器の修理・製作を行っている。楽器の相談のほか、見学もできるので、ギター製作のハイレベルなテクニックの世界に触れてみよう!
見学後は周辺の森や手賀沼を散策。手賀沼や近隣の小川にはバス釣りなどのポイントもある。

※本プランは当サイトが運営するプランではありません。実際のお出かけの際には各訪問先にお問い合わせの上お出かけください。

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。