その後もあちこちのブースで本やカードを購入した。お財布に残るのはぴったり一万円。 よし! もしこの一万円で足りたら、クートラスの全集を買おうと決めて、「エクリ」のブースに颯爽と戻った。
「この本、いくらですか?」
勢いよく聞くと、「こちらは、3万円になります」と須山さんは穏やかに答えた。
なあんだ、まったく足りないじゃないか! と笑いたくなった。どこかホッとしつつ、私はまた縁側で靴を履き、かまくらブックフェスタを後にした。あーあ、クートラスの全集は残念だったなあ。でも次にあの本に出会うことがあったら、その時はきっと買おう。絶対に買おう。それまで、しばらく待っててね。
少し歩きたい気分だったので、閉館直前の鎌倉文学館に駆け込んだ。
童話に出てくるような緑溢れるアプローチを抜け、昔ながらの瀟洒な洋館に入る。ここでは鎌倉と文学にまつわる様々な記録や手紙、原稿などが展示されている。バルコニーからは海が見えた。
駆け足で展示を見ていると、あるパネルの間で足が止まった。
“鎌倉文庫は悲惨な敗戦時に唯一つ開かれてゐた
美しい心の窓であつたかと思ふ(川端康成『貸本店』より)“
かつてこの鎌倉には、「鎌倉文庫」という貸本屋があっそうだ。開設は1945年の5月。まさに戦況が激しくなった頃だ。始めたのは、川端康成や大佛次郎などの鎌倉在住の作家たち。戦争で荒廃した人々の生活や心に楽しみを与えたいと、蔵書を次々と持ち寄った。
鎌倉文庫ができたのは、ミウォシュがポーランドで『世界』を書いたのと同じ頃だということに、一抹の奇遇さを感じた。でも、これは偶然なんかじゃない。戦争という絶望的に悲惨な状況の中において、人々は、言葉が生み出す想像の世界に希望を見出す。それは、日本でもポーランドでも同じなのだ。
川内 有緒