未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
79

小さな出版社の静かなる逆襲!

「かまくらブックフェスタ」で70年後の世界に思いを馳せた

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.79 |25 Noveember 2016
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#970年後の未来を想像してみた

 帰りは江ノ電には乗らずに、鎌倉駅まで歩くことにした。本がたくさん詰まったリュックは重かったが、足取りは軽い。夜が早いという鎌倉らしく、歩いている人は少ない。海の香りがするゆるい風が気持ちいい。
 あの戦争から70年あまりが経ち、消えゆく寸前だった言葉が一冊の本として再生され、今まさに自分のリュックの中にある。それは、『世界』だけじゃない。『8号室』も『昔日の客』もクートラスの全集も同じだ。どれも目まぐるしく変わりゆく時代の流れの中で埋もれそうになっていたものに、人々の熱い想いで、再び光が当たるようになった。
「鎌倉文庫」は役割を終えてもうないけれど、あれから70年余りが経ったこの地には、『かまくらブックフェスタ』がある。志を持った出版社が集まって起こす静かなムーブメント。そのおかげで私は、改めて本というものに出会えた気がした。

 今から70年後の世界を想像してみる。
 えっと、2086年か……。世界の様相はどう変化しているのだろう。まったく想像もつかない。鎌倉の大仏はまだあるよね!? 鶴岡八幡宮は? じゃあ、この小さな商店は? わからない。わからない。
 駅に入ると大勢の観光客が朝と同じようにホームに並んでいた。はっきりしていることは、今ここにいる多くの人が、自分も含めて、もはやこの世にいないということだ。
 しかし、と思う。
 もしかしたら、今は誰にも知られずにいる詩やエッセイや絵が、誰かに発見されて一冊の本になっているかもしれない。そうして、誰かの枕元にそっと置かれ、70年後の誰かを元気づけているかもしれない。そう思うと、ぱあっと世界が明るく見えた。
 ——本があれば、言葉は生き続ける。
 そう信じることができた今日は、すばらしい日だ。

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未知の細道 No.79

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。