奥に進むと、とりわけビシッと本が並んだエリアが奥の方にあった。お、あれは夏葉社のブースじゃないか!
嬉しくなって、代表の島田潤一郎さんに話しかけた。お会いするのはこれが初めて。しかし、彼が出版社を立ち上げた経緯を描いた『あしたから出版社』(晶文社)を読んでいたので、初めて会った気がしなかった。
「いつもTwitterを拝見しています」とファンさながらに言うと、島田さんも私のTwitterをフォローしてくれているようで、「ああ、川内有緒さん……、ですよね。せっかくなので、ゆっくり見てください」と言ってくれる。少し不器用な感じだけどまっすぐな話し方が、本の文章から想像していた通りだった。
島田さんは、編集経験もない中で、たった一人で出版社を立ち上げたという人である。その背景には切迫した個人的事情があった。『あしたから出版社』に詳しく描かれているが、ちょっとだけ紹介したい。
大学を卒業した頃、島田さんは小説家を目指していた。アルバイトをしながら執筆を続け、新人賞に応募し続けたが、なかなか結果が出ない。そして就職の面接を受けるが、50社に断られてしまい、無職のまま三十代を迎えた。ちょうどその頃、仲が良かったいとこが事故で他界する。悲しむ叔父と叔母を慰めようと、島田さんはあるイギリスの詩を一冊の本として出版することに決めた。そうして2009年に立ち上げたのがこの夏葉社である。
その42行の詩は、『さよならのあとで(ヘンリー・スコット・ホランド)』というタイトルで出版された。本を開けば、「死はなんでもないものです」から始まる優しい語りが、心にどんどん染みこんでくる。私が夏葉社を知ったきっかけが、まさにこの詩集だった。
「それにしても、経験もない中で、一篇の詩で本を作ろうって勇気がありますね」
私が言うと、島田さんは、「そうかなあ」と首を傾げた。「あの時は、叔父と叔母のために作りたいと夢中だったので!」
「でも、読もうと思ったら、三分くらいで読み終わる本じゃないですか」
「いや、読むことだけが重要なのではなくって、一回読んだ後は枕元においてあって、その人の“生活の重心”になるような本を作りたいと思っています」
生活の重心になる本という言葉にずしんときた。
感覚として、よくわかる。大好きな本は、読み終わった後でも、ずっとそばにおいておきたい。それがあるだけで、その本を読んだ時の自分自身に戻れる気がする。悲しみが和らいだり、胸が温かくなったり。その言葉通りに、『さよならのあとで』はずっと手放したくない本だった。こうして作り手とゆっくり話せたのが、嬉しかった。
私は、あれこれと悩んだ末に、以前から気になっていた『昔日の客』(関口良雄)を買うことにした。かつて東京にあった古書店の日常や文学者たちとの交流を描いた幻の名著を、島田さんが32年ぶりに復刻させたもの。これが本日の三冊目だ。
川内 有緒