未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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小さな出版社の静かなる逆襲!

「かまくらブックフェスタ」で70年後の世界に思いを馳せた

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.79 |25 Noveember 2016
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#6「本に帯をつけるのをやめた」(港の人)

 それにしても、あまりにもシンプルな外見が気になった。ポーランドの有名な詩人の詩集ということすらも簡単にはわからないではないか。
「僕の中では、本というのは、言葉が“世界”として表現されているものです。だから、その他の余計なものはない方がいい。例えば『世界』も“ポーランドの云々”とか書いて目を引かせることもできるけれど、それは僕の中では余計なことだと思うんです。(本に対する)僕の思いを伝えたいという気持もないわけではないですが、それを伝えることよりも本の世界がきちんと立ち現れることが大事で、削ぎ落とされたものから光る世界を見た人が、キャッチしてくれればそれでいいのだと思います」
 だから、真っ白なカバーのかと知って心が打たれた。そして、すぐにこの本を買おうと心に決めた。
「港の人では、3.11以降に帯をつけるのをやめたんです」
 上野さんは少し唐突に言った。帯というのは、本の下の方に巻いてあるアレだ。たいていは、「たちまち重版!」とか「笑って泣けます」といった宣伝や推薦文がギッシリと書かれている。今は帯が大きくなる傾向すらあるのに、何故あえて帯をなくしたのだろうか?
「3.11の後、それまで世の中で当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなった。だから、本を作る上でも“当たり前”を疑ってみることも大事なことなんじゃないかと。本にとって帯は本当に必要なものなのだろうか、と感じて、その疑問を形に表すという意味で外すことにしたんです」
 私も出版の世界に深く関わってきた人間だ。だからこそ、その勇気がわかる。私たちは、当たり前のように「今回は帯になにを入れます? 誰かに推薦文もらいましょうか? キャッチフレーズは? それとも本文の抜粋でいきます?」などと話し合うことに疑問を持たない。
 なんだか自分の中で、本に対するパラダイムが変わったような気がした。彼らのような人々が、未来の本の担い手なのかもしれないなと思った。

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未知の細道 No.79

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。