未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
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小さな出版社の静かなる逆襲!

「かまくらブックフェスタ」で70年後の世界に思いを馳せた

文= 川内有緒
写真= 川内有緒
未知の細道 No.79 |25 Noveember 2016
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#4鎌倉という場所だから

 こうして本を企画・制作するご本人とお話しながら、本を直接買えるというのは、実に楽しい。午後になるとお客さんも増えてきて、あっちこっちで本にまつわるトークが行われている。どの出版社の人も、まるで自分の子どもを慈しむように本の話をするのが面白い。当たり前だが、大手の出版社や、大きな書店だったらこうはいかない。今や大きな書店にはセルフレジやネット販売もあったりして、人間を介さずに本を手に入れることすらできるのだ。そんなクールな「本」と「読者」の関係が当たり前だと思っていた私はすっかり感銘を受け、主催者の上野勇治さんにインタビューをお願いした。

「港の人」の上野勇治さん。「鎌倉はゆったりして、本作りにもいい影響があります」

 まずは六年前に始まったこのイベントのキッカケから。
「僕自身が二十年前からこの鎌倉で出版活動をしていて、鎌倉という地域にはとてもお世話になっているので、本を通じて何かしら鎌倉に恩返しできないかと考えました。鎌倉というのは昔から“文学の街”なので、文学関係のイベントができないかと」
上野さん自身もまた鎌倉で出版社を運営している。会社名は、詩人・北村太郎さんの詩集に由来するという「港の人」という。刊行書籍には詩集が多い出版社である。
「本を“船”に例えると、本を出港させる場所として(出版社名)を付けました、創業当時の20年前は珍しい名前だったんですよ」
 いや、今でも相当に珍しい社名で、とってもすてきです。

 「鎌倉は文学の街」と上野さんが語る通り、近現代だけでも「鎌倉ゆかりの作家」はゆうに百人を超える。現在でも「ビブリア古書堂の事件手帖』(三上 延)をはじめとし、多くの文学作品の舞台になっている。まちを歩けば、鎌倉文学館や個性的な書店など、本にまつわる場所も少なくない。
 しかし、かまくらブックフェスタの始まりには、もう少し深い社会事情もあるようだった。現在の日本では、年間8万点という気の遠くなるほどの数の本が出版されている。8万点を単純に365日で割ると、1日に225点。そんなに大量の新刊を並べるスペースは書店にないわけなので、多くの本が書店にはあまり並ばないままに姿を消す。
「良い本や価値のある本でも、すぐに埋もれてしまうんです。だからこそ、志をもって出版活動をしている人たちと何か一緒にやれないかと考えました。そうして、面白い本を求める読者に、なんとか直接本が届けられないかと考えてブックフェスタを始めました」
 それにしてもこのブックフェスタ、古民家という会場のせいなのか、なんともリラックスした雰囲気が漂っている。ブックフェアというと、普通は出版社ごとのブースにビシッと分かれ、狭い机の上に自社の本を並べるという形式が多いのだが、ここでは出版社の区分がかなり曖昧だ。そして、古びたテーブルや、戸棚、押入れまで駆使されて、本が素敵に並べられている。だから、フェアといよりも「本の館」に招かれたという趣がある。

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未知の細道 No.79

川内 有緒

日本大学芸術学部卒、ジョージタウン大学にて修士号を取得。
コンサルティング会社やシンクタンクに勤務し、中南米社会の研究にいそしむ。その合間に南米やアジアの少数民族や辺境の地への旅の記録を、雑誌や機内誌に発表。2004年からフランス・パリの国際機関に5年半勤務したあと、フリーランスに。現在は東京を拠点に、おもしろいモノや人を探して旅を続ける。書籍、コラムやルポを書くかたわら、イベントの企画やアートスペース「山小屋」も運営。著書に、パリで働く日本人の人生を追ったノンフィクション、『パリでメシを食う。』『バウルを探して〜地球の片隅に伝わる秘密の歌〜』(幻冬舎)がある。「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞受賞。

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
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