二階に上がると、群像社という出版社のブースがあった。代表者の島田進矢さんは、「うちは、ロシアの本を専門的に出してます」と説明してくれる。
ロシア! それはまた、かなりマニアックですねえ。
最後にロシア文学を読んだのはいつだっただろう。ドストエフスキーの『罪と罰』は途中で挫折。チェーホフの『桜の園』は、もはや内容が思い出せない。
あ、そういえば二年ほど前に『ペンギンの憂鬱』という現代小説を読んだぞ! そうだ、それがこの二十年で読んだ唯一のロシア文学です! という情けない話を堂々とすると、彼はこう言った。
「ああ、あれはユニークな作品ですよね! ロシア文学というと、どうしてもトルストイとドストエフスキー。長くて難しいというイメージが強いんです。それを払拭するために、うちでは新書サイズのシリーズや、ウクライナ人によるエッセイや絵本などにも力を入れて出版しています。頑張って“薄めのロシア”をやってます!」
群像社は、創業が1980年と“インディペンデント系”のなかでは歴史ある出版社である。創始者の一人である宮澤俊一さんは、早稲田大学のロシア文学科を卒業した演劇人で、モスクワの出版社で翻訳者として勤務したというユニークな経歴の持ち主。「ロシアの演劇や文学にはいいものがたくさんある」と感銘を受け、帰国後に出版社を回って出版を試みたがうまくいかず、それならば、と自ら「群像社」を立ち上げた。しかし、その宮澤さんが今から16年前に逝去してしまう。
「その時、唯一の社員だったのが自分でした。とにかく続けられるところまで続けてみようと引き継ぎました。ロシア語の辞書を見ながらなんとかやってます」(島田さん)
この時代にロシアだけで勝負するのは簡単ではないだろう。しかし、島田さんの揺るがない思いの強さに胸がじんと熱くなった。
改めてブースを眺めると、魅力的な本がずらっと並んでいる。ウクライナ人が日本語で書きおろしたという『ウクライナから愛をこめて』も面白そうだし、『人形絵本 まんまるパン』も可愛らしい。
迷った末に、『8号室 コムナルカ住民図鑑 (ゲオルギイ・コヴェンチューク)』というエッセイ集を手に取った。島田さんも、うん、うんと頷いている。かつてレニングラード(現在のペテルブルグ)にあった巨大な共同アパートの奇妙な人間模様を描いたエッセイ集だそうだ。
最初のページをめくってみると、いい感じの軽妙な書き出し。その本の薄さも気に入り、本日最初のお持ち帰り作品に決定した。教えていただき、ありがとうございます!
川内 有緒