さて「←」のチームが次に向かった先は、市役所から歩くこと15分ほどの、高野さんのお宅だ。
長島さんと制作の宮武さんは今回、たくさんの人が参加してくれるようにと、チラシの配布だけでなく、自らが市内のさまざまなコミニュティや団体を回って、プロジェクトを説明し、市民に参加を呼びかけた。高野さんは、その中の一つで出会った、タイル教室の山口先生の生徒さんなのだ。お宅に向かうと山口先生と高野さんが待っていてくれた。
高野さんのお宅は道路から階段を上がったところにある。
道路から見上げると、高いフェンスに小さな可愛い手作りタイルの矢印が並んでいる。
高野さんのおうちの「←」を眺めながら、長島さんはこう言った。
「このプロジェクトは、「←」を探しに行くのではなくて、「←」を作った人たちに、呼んでもらうことだと思っているんですよね」
なるほど、街に住む人々を表すこの「←」たちは、トリエンナーレを見に来る私たちを待っているんだな、と私は思った。
川瀬さんたちは道路を渡って、少し遠い位置から撮影し始める。道路には車や自転車がどんどん通るので、川瀬さんは、過ぎ行く人々を確認しながら、ゆっくりと撮影していた。多分、そんな二度と出会わないかもしれない人々も、写真のなかに収めているのかもしれないな、と私は道路を隔てた川瀬さんを見て、ふと思った。
ここでも清美さんは赤いドレスを着て階段を登り、「←」とともに写真に収まった。さて、どんな写真になったのだろうか?
待ちの時間で、清美さんが私に言った。「まるで芝居しているみたいよね」。
私は、「え!? これ、私から見ると、完全に、普通の街の中で繰り広げられる即興芝居に見えますよ」と言った。
この「←」プロジェクトは、アートプロジェクトであり、上演ではない。それに劇団円の女優であり、舞台はもちろんの事、テレビや映画にもたくさん出ている女優・谷川清美さんからすれば、もちろん、これはいつものお芝居とは全く違うお仕事であろう。でも私には、「←」のある仕掛けが、街に一瞬の物語をもたらす、すてきなお芝居に見えるのだ。
そうすると清美さんは、にっこり笑って「そう?」といった。
松本美枝子