未知の細道
未知なる人やスポットを訪ね、見て、聞いて、体感する日本再発見の旅コラム。
77

「←」に沿って、さいたまの街を歩く!

長島確とやじるしのチーム~さいたまトリエンナーレ2016~

文= 松本美枝子
写真= 松本美枝子
未知の細道 No.77 |25 October 2016
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#4市役所と女優と課長と「←」

出迎えてくれた市役所の福司さん(中央)、野田さん(右)

 さて朝から始まった、バスの旅に話を戻そう。バスに揺られて約10分、降りたところは、なんとさいたま市役所そのものだった。

 ここに職員が作った「←」があるらしい。8人の集団はぞろぞろとエレベータに乗り込んだ。向かうは文化振興課。
 働く公務員がたくさんいる、平日の静かなオフィスの中を進んでいくと、文化振興課の福司さん、野田さん、小久保さんたちが、笑顔で迎えてくれる。
「課長が作った「←」が窓際にありますよ!」と福司さん。

 文化振興課があるスペースの窓の向こうはさいたまの街が一望できる眺め抜群のスポットだ。その窓際にちょこんとガラスのボトルが置かれていた。ボトルの中はカニと真っ赤な「←」。もちろんその先は、トリエンナーレの会場を指している。
 え!? なんでカニ? とみんな驚いていると、この「←」を作った大西課長は、大学時代、海の底に住む生物についての生物学を専攻していたのだという。
 ただ好きなものを、ボトルの中に「←」と共に詰める……、うーん、「←」って、本当に自由に作っていいんだ……と私は長島さんが作った、そのルールのおおらかさになんだか感心してしまった。

 さて、このなんとも芸の細かい「←」と女優・谷川清美さんを、しかも静かな市役所の中で、いったいどのように撮影するのだろうか?
長島さんと川瀬さんと清美さん、それから衣装の藤谷香子さんは、あの大きなバッグから中身を取り出し、あれこれ相談を始めた。そう、香子さんが抱えてきたバッグは今日の撮影のための衣装がたくさん詰まっているのだ。
 清美さんが「香子さんが持ってきてくれる衣装はいつも、初めて出会う「←」の現場にぴったり似合うようになっているのよ」と感心したように私にそっと教えてくれた。
 衣装は決まった。それは市役所の中では滅多にお目にかかれないであろう、真っ赤なワンピースだった。

 会議から戻ってきた大西課長にも登場をお願いして、いよいよ撮影。ゆっくり考えながら、撮影を進めていく川瀬さん。それを見守る「←」のチームと福司さんたち文化振興課の職員の皆さん。
 なんだなんだ? と遠巻きに眺める他の課の職員たちもいる。

撮影される大西課長と清美さん

 その風景はまるで、市役所の日常に「←」が突如持ち込んだ、ささやかで楽しい非日常が、出会ったかのようであった。
「←」のプロジェクトは、決して上演ではない。だけど、なんだか「←」に巻き込まれた素人さんたちとプロによる即興の芝居が、市役所の中で繰り広げられているようで、私は見惚れてしまった。楽しくて目が離せない、とても稀有な時間帯だった。

 撮影後、大西課長に「←」に参加した感想を聞いてみた。
「このプロジェクトは考える楽しみが、参加者にありますよね。どういうのにしてやろうか? ってずっと考えてたんです」と大西さんは笑顔で教えてくれた。

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未知の細道 No.77

松本美枝子

1974年茨城県生まれ。生と死、日常をテーマに写真と文章による作品を発表。
主な受賞に第15回「写真ひとつぼ展」入選、第6回「新風舎・平間至写真賞大賞」受賞。
主な展覧会に、2006年「クリテリオム68 松本美枝子」(水戸芸術館)、2009年「手で創る 森英恵と若いアーティストたち」(表参道ハナヱ・モリビル)、2010年「ヨコハマフォトフェスティバル」(横浜赤レンガ倉庫)、2013年「影像2013」(世田谷美術館市民ギャラリー)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」(千葉県)、「原点を、永遠に。」(東京都写真美術館)など。
最新刊に鳥取藝住祭2014公式写真集『船と船の間を歩く』(鳥取県)、その他主な書籍に写真詩集『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)、写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)がある。
パブリックコレクション:清里フォトアートミュージアム
作家ウェブサイト:www.miekomatsumoto.com

未知の細道とは

「未知の細道」は、未知なるスポットを訪ねて、見て、聞いて、体感して毎月定期的に紹介する旅のレポートです。
テーマは「名人」「伝説」「祭り」「挑戦者」「穴場」の5つ。
様々なジャンルの名人に密着したり、土地にまつわる伝説を追ったり、知られざる祭りに参加して、その様子をお伝えします。
気になるレポートがございましたら、皆さまの目で、耳で、肌で感じに出かけてみてください。
きっと、わくわくどきどきな世界への入り口が待っていると思います。